貫野が頭を乱暴に掻いた。この喫茶店は全席禁煙なので、喫煙で彼の苛立ちを紛らわせることは出来ない。
「十一年前の事件と今回の事件の繋がりか……やばいな、特命に喧嘩うることになりそうだ。嫌なんだよなぁ。なにやっていたんだっていう話にもなるし」
 貫野のぼやきを聞いて、十一朗は笑ってしまった。
 普段、威張り散らしている貫野にも天敵がいるらしい。深く考えてしまえば、刑事部長の息子である自分も貫野の天敵なのだろうが。
「別に特命に言わなくても資料室にいけばいいだろ。事件が起きた日時も調べるものもわかっている。この事件に他の刑事がノータッチなら、貫野さんが代表して調べろよ。主任目指しているんならさ」
「お前、馬鹿だろ。個人行動とったほうが、出世に響くんだよ」
「俵井を追い詰めた時に言ったよな。『俺がまっとうな刑事じゃないってことは、もう理解してるよな』って。あれは飾りの言葉? 俺はカッコいいと思ったけど」
 褒められるなどということに無縁だったのか、貫野は視線を落としてコーヒーを飲んだ。相当、はやく飲んだのだろう。カップを置いて大きな息を吐いた。
「和田繁樹って男と十一年前の事件の詳細でいいんだな。お前、就職して俺を追い抜いたとしても絶対に威張るんじゃねえぞ。これは取引というよりも貸しだ」
 貫野は強引な将来設計案を申し出てきた。十一朗が就職して何年後になるのか、先は見えていないというのにだ。
 貫野の隣で文目がメモを取り続けている。十一朗はメモを覗きこみながら言った。
「あとさ、男が意識を取り戻したって言うのなら、質問してくれないか。電車に飛び込み自殺をしたのは、古傷と今回刺された傷を隠すための偽装だろうって」
 さすがに連続で頼んだために、貫野が立ちあがった。いや、怒るというよりも表情には衝撃が浮かんでいる。文目も手をとめて見ていた。
「あの飛び込み自殺って、そのためだったのか……そういえば轢断死って聞くな」
 電車への飛び込み自殺は悲惨としか言いようがない。業界では『マグロ』と呼ばれるその死は、『ブツ切り』から取られているのだ。もし、その悲惨な状況になっていたら、男が刺されていたという事実は闇に消えていた。そう考えてもいいだろう。
 貫野は剃り残した顎のヒゲを触りながら、納得したように唸った。
「刺された傷を隠すには、飛び込み自殺が一番いい方法だったわけか。執刀医が遅れて入電してきた意味が、今わかった。飛び込み時の傷と刺創の区別がつき難かったんだな」
「今更? とっくによんでいると思っていたよ」
 たった数百メートルの間で遺書を書く『私が殺しました。申し訳ありません。責任を取って死にます』と。責任を取る自殺を決めた男が、迷惑をかける飛び込み自殺を選ぶだろうか。
 そう感じた時点で十一朗は、何かあるのではと感じていた。
 今は執刀医の入電で、ようやく男の自殺の動機がわかったという気分だ。