翌日。休日を利用して十一朗と裕貴は図書館に足を運んだ。開館時間前にいる学生は珍しいのだろうか。白髪交じりの館長が笑顔を見せながら「おはよう」と挨拶してきた。
 じきにワックスや綾花も姿を見せるはずだ。十一朗は館長を呼びとめて訊いた。
「あの……僕たち、昔の地元新聞が見たいんですけど、ここに十数年前の記事ってありますか?」
 ずれ落ちた眼鏡を人差し指で押し上げた館長が、感心したような声を出す。
 十数年前の事件を探そうとしているとは思ってもいないだろう。郷土に関心を持つ若者が、まだ存在してくれていたのかという感慨に耽っている様子だ。
「あるよ。三階の閲覧室だ。とはいっても貸し出しはしていないがね。昔の地図もあるが、見てみるかね?」
 勘違いされているが期待を裏切るのはどうだろう。話を合わせていたら詳しく聞けることもあるかもしれない。十一朗はじゃあそれもと、取り敢えず頼んだ。
 話しているうちに開館時間がきて、受付の館員の手で扉が開けられる。館長は「では、三階で待っているよ」と言うと、階段をあがっていった。
 十一朗と裕貴も続いて館内に入る。一番のりの図書館内は本が放つ紙とインクの香りを、いつも以上に充満させていた。
 これにはリラックス効果があるといわれている。書物の多い場所にいくと、急に催すという者が多いらしい。
 ところが、そのリラックス効果が作用しなかったのか裕貴が頬を膨らませていた。
「断ればいいのに。勘違いしてるよ。館長さん」
 はっきりと理由を言えばいいのにという意味だろう。しかし、事件の記事を見せてくださいと言ってしまうと、更に勘繰られてしまうとも考えられる。
 十一朗は何となくの言い訳をすることにした。
「けど、あんな顔されたら違いますとも言い難いだろ。あ、ワックスたちきた」
 十一朗は窓の外にワックスと綾花の姿を確認した。話題を切り替えるには丁度良いタイミングで助かった。大きく手を振ると、ワックスも気づいて手をあげる。待ち合わせ時間五分前だ。ここは几帳面なミス研部員らしい。
「ねえ、ああやって見ると、ワックスと八木さんってお似合いじゃない?」
 突然、裕貴が思いがけない発言をした。女性視点ではそう見えるのか。無理あるんじゃないかと十一朗は目を細めてみる。逆立ちしたってお似合いのカップルには見えない。
「俺の目ではどう見たって、ヤンキーと大和撫子の和洋折衷にしか見えないんだけど」
「えー、プラマイ見る目ない。容姿を見ないで、雰囲気で想像してよ」
 そんな話をされているとは知らないであろう、ワックスたちと館内で合流した。
「ここって飲食厳禁なんだよな……俺、こういった厳格な雰囲気漂う場所は、昔っから苦手なんだよな。はじめてきたし」
 緊張気味のワックスが落ち着かない様子で館内を見回す。朝一番なので人影もまばらだ。 これなら集中して作業に打ちこめそうだ。十一朗は先頭に立って三階へと向かった。
 十一朗たちが図書館にきて求めた資料。それは、意識不明の男が致命傷に近い傷を受けたであろう、事件の記事だった。
 別れ際に貫野も、その点に着目するかと告げて帰っていった。
 とはいっても警察も、升田の周辺の捜査、謎の男の張りこみ、綾花の母の事情聴取など、やりたいことは星の数ほどあるはずだ。
 三階に着くと館長の姿があった。既に机の上に頼んだものが積みあげられている。地元新聞の縮刷版だ。しっかりと頼んだ地図まで置いてあったりする。
「パソコンでも閲覧可能だよ。尤もこの人数なら手分けするのだろうが。では、頑張って」
 館長は踵を返すと、館長室のある階に戻っていった。ありがたく好意を受けて行動を開始する。
「見つけるのは傷害事件だ。探す年代は十数年前。被害者の名前はわからないから、これかもしれないというものがあったら、俺に教えてくれ。やるぞ!」
 十一朗がわけた縮刷版を見て、ワックスが「うわっ」と声をあげた。十数年前から、現在に至る資料は膨大だ。驚かないほうがおかしい。
 ネット小説を読み慣れていると思われるワックスだが、新聞記事と小説の文体は違う。
 空白もない黒に近い紙面を全て読めと言われたら、声が出るのも頷ける。