もう一度という言葉にかぐやの心臓が早鐘を打ち出した。


「私が以前行方不明になったという話はもしや」


「そう、あの時もわしがそなたに里を出るよう頼んだのだ。そして、あの二人にも何も告げず静かに里を去った」


かぐやはドキドキと気の狂わんばかりに鼓動する胸をギュッと抑えて、深く呼吸をするとやっと言葉を発した。


「わかりました。ですが、里長がご存知のことをすべて聞かせてもらってからにします」


里長はうむと頷きかぐやの瞳をまっすぐ捉えて語りだした。







昔、この世には月の精霊が舞い降りてきていた。


美しい自然とこの世に棲む者たちを好んでいたからだ。


しかし火をおこして獣を食し、野山に育った果実を口にしていただけの人間という種族が時を追うごとに知恵を付け、ほかの種族を圧倒し始めた。


争いは種族間だけでなく、同じ人間同士でも起こし、その度に血の海を作りだし、豊かな自然を踏み荒らし焼き尽くした。


このような人間たちに嫌気の刺した月の精霊たちは、月へ帰ることを決定し誰ひとりとしてこの地に残ることを禁じた。


しかし、月の精霊王の末の娘はあろう事か人間と恋に落ちていた。


自らも人間の姿をして、人間の男とこの地に残り暮らすことを選んだ。


月の精霊王は二人を引き離し、娘を月へ連れ戻そうとした時にはすでに、娘には人間の男との間に一人の女の子が生まれていた。


月の精霊王は激高し、人間の男と二人の間にできた子どもを殺そうとしたが、月の娘は命をかけて娘を隠し、ついに愛した男とともに月の精霊王によって殺されてしまった。


魂になっても尚、離れようとしない二つの魂に業を煮やした月の精霊王は、怒りの塊を落として去った。


それが『漆黒の炎』だ。


漆黒の炎には死んだ人間の男と月の娘の魂が閉じ込められ、今も二人は炎が燃え続ける限り苦しんでいるという。