「焦らないで、大丈夫ですよ」


先生はそう言うけれど、記憶がない状態というのは自分の足元がなくなってしまったようで、常に緊張と不安が入り混じった感情を呼び起こす。





「ひっでぇ奴だよな、俺のこと全部忘れちまうなんて」


「銀司・・・さん」


「その呼び方、鳥肌もんだぜ。前は偉そうにいつも『銀』って呼び捨てにしてただろ」


「じゃあ、銀・・・ちゃん」


銀司が思いっきりずっこけた。でも、呼び捨てにできるような心境になかった。


「ふざけんなっつの!ったく調子狂っちまうぜ」


「かぐや、気にしなくていい。里長がな、おまえと銀士を縁組させようかと考えていたらしいが、白紙に戻したもんで、銀司は焦ってるだけだ」


「っち、違うわ!」


銀司は顔を真っ赤にして否定した。


その時、里中を響く高らかな鐘の音が激しく打ち鳴らされた。


「かぐやは箔先生の所へ戻れ」


銀司はそういうと白虎とともに駆け出した。


二人は風のように里の間を駆け抜けていく。


かぐやは無心に二人の後を追った。


不思議と体は軽く見失うことはなかった。


白虎はかぐやを目の端でとらえたようだが、何も言わなかった。


村はずれの塀まで辿り着くと、銀司や白虎のように刀や武器を装備した者たちが集合してきていた。


その中心で指揮をしている髭の濃い男が次々に敵の報告を受けていた。


「銀司は南へ押せ、功駕は南東から、陸翔は南西からそれぞれ隊を連れて敵を挟み込め。白虎、お前は里の外にいる逃げ遅れた者たちを救出に行くのだ。他の里守は里の塀を守れ。かぐやは・・・」


「里長、かぐやはまだ戦えません」


里長はかぐやの目をじっと見つめた。


獣のような男の炎を宿す強烈な視線を受けてもかぐやは揺らがなかった。


何が起こっているのか、そういう不安はあったが怖いという気持ちはなかった。


ここにいるのが自分の本来の姿であるという不思議な感覚に囚われていた。


「かぐやは白虎が連れて行け」


「ダメだ、親父!」


「親父と呼ぶな銀司、命令だ。散れ!」