彼は薄い笑みを浮かべた。


「狼と羊の友情とか恋の物語があるだろ?

肉食と草食の、立場も生き方も考えも何もかもが真逆、奪うものと奪われるものが織り成す物語。みんなアレをいい話と思う。……くだらない。馬鹿だろう?捕食者は捕食者でしかない。生命の本能だよ。遺伝子に刻まれた螺旋のようなプログラム。

人間がさ、犬や豚とか餌に恋心をもつようなもの。まず有り得ないでしょ。とんだコメディだ。

餌に恋したりはしない。
でも愛は存在するかもね。自分が生きる為に生まれてくれて、健気にすくすく育つ餌に。
……つまり俺が言いたいのは、愛があるというのなら美味しく、余すことなく食すのも一つの愛だと俺は思うんだよ。むしろそれこそ本物の愛じゃないかな。だからさ、食べてもいい?なるべく君の望むようにするからさ。
ね?いいでしょ」


聞くのは形だけ。
逃げよう、という意志を表すひまもなく私のやせ細った手を、片手で止めるのはお手のもので、まるで杭を打たれたのではとおもうほど痛い。

彼は目を細めた。さっきまでのように甘いものじゃない。純粋に、野に放たれた空腹の獣の目。

しゃぶるように口付けをおとして、にんまり笑顔。

「いただきます」



-FIN-