「鈴、ニヤケてるぞ?」


「………ッ!」



肩をポンと叩かれ、心臓が跳ねた。


止まってしまった足を動かす事なく横を向くと、ニヤリと笑う翔ちゃんがいた。




呆気に取られている間に翔ちゃんは、それ以上何も言う事なく男子に囲まれながら宿舎の中に入ってしまった。




私、ニヤケてた?


翔ちゃんに言われた言葉に、ビシッと顔が固まる。



気をつけなくちゃ---



自分にカツを入れる為、両手で頬を叩く。




「よし!」


気合の入った私はもう、顔はニヤケていないだろう。



私も皆に続き、宿舎の中へと入っていく。





3年生以外の皆の向く先は、食堂だった。


これから食堂の後片付けをする為だ。




後輩達のいる食堂を横目に見ながら、私は自分の部屋へと戻った。



 * * * * *



次の日の朝、朝練を終えた私たちバスケ部員は朝ごはんを食べた後、宿舎を後にする事となる。


合宿はもう、今日で終了なのだ。




この宿舎は、夏合宿になると必ず来ていた場所。


もう来年は来る事はないだろう…、そう思うと寂しい気持ちでいっぱいになる。




宿舎の前で振り返り『さよなら』と、心の中で告げた。


思い出すのは苦しかった事かと思いきや、楽しかった事ばかりだった。




潤む視界にグッと耐え、歩く皆に足を向け踏み出した。




自然溢れる緑に包まれたこの場所はムワッとする暑さの中、微かに感じる涼しい風が私を通り過ぎていく。


ザワザワと揺れる木々を見ながら心地良さに、口元が緩んだ。





その様子を翔ちゃんが微笑ましく見ていたなんて…、


私は全く、知らなかった。