たったひと言のその言葉が、ひどく震えていると感じるのは気のせいなんかじゃない。
夜の暗い世界の向こうにぼんやりと浮かび上がっている幾つもの灯りを見ている横顔には何も浮かんでいない。
雨音を聞きながら、ただ遠くを見ている。
「翔平君」
私は、光の加減のせいで普段よりも白く浮かび上がっている傷痕に手を伸ばした。
あの事故によって負った傷は、今も翔平君の心に残っている。
あの日、雨が降って滑りやすくなっていた足元。
近くにいた人が手にしていた傘の先端が翔平君の体を傷つけてしまった。
その先端は翔平君の目の前に突然現れ、階段を転がるほんの一瞬、スローモーションのように過ぎていったらしい。
目に突き刺さるかもしれないと危険を感じた翔平君は、思わず傘から体を逸らし目を守ったけれど、結局首のあたりから鎖骨までを流れる傷が残ってしまった。
幸いなことに、傘の先端がそれほど鋭いものではなかったせいで、ひどい傷にはならなかったとはいえ、翔平君の皮膚には今でも白い傷痕が残っている。
「寒いから部屋に入ろうよ」
つないだ手に力を込めて引っ張っても、翔平君の体はよっぽど強張っているのかびくともしない。
「あ、ココアもあるから、ココアミルク作ってあげる」
「あ? ああ、そうだな。寒いから中に入ってゆっくりしようか」
それまで静かに考え込んでいた翔平君が、ようやく優しい視線を向けてくれたことにほっとする。
そして、すかさず私の肩を抱き寄せ、耳元に唇を寄せると「ゆっくり、何しようか?」と言ってくすくす笑い声をあげた。
玄関に入り、ドアに鍵をかけた途端、その唇は私のそれに重なり、軽いキスを繰り返した。
初めのうちは小さな笑い声に混じりながら感じていた熱も、次第に深いものへと変わり、そっとその表情を見ればどこか苦しげだ。
寄せられた眉間には、この数年の間に何度か見せられた切なさが見える。

