「翔平君」
そう呼ぶだけで甘美な想いに囚われていた、おませな子ども時代。
「また、その呼び方に戻るのか?」
「え?」
優しい時代を思い返していると、当時と同じ、少年のような拗ねた声が聞こえた。
そう言えば、あの頃も私がたまに「翔平にいちゃん」と呼ぶと、今みたいに不機嫌な声で「俺は萌のにいちゃんじゃないから」と言っては「翔平君」と言い直させられたっけ。
そのことを思い出して、首をかしげた。
「ちゃんと『翔平君』って言ったけど? 『翔平兄ちゃん』なんて呼んでないし」
「それはガキの頃の話だろ? 今はこうして大人になったし、それに萌は俺の恋人だから」
「こ、恋人……」
「そう。だから、これからはなんて言うんだ?」
「えっと……」
「さっき、キスで気持ちが弾けそうになってたとき、何度も言っただろ?」
私を背中にある翔平君の手が、思いださせるように上下している。
その刺激が促す言葉を、私はちゃんとわかっているけれど、それを口にしたのは翔平君と抱き合い初めての触れあいにどうしようもなくなっていたときで。
未だドキドキしながら体の熱を逃がせないながらも多少の平静さは取り戻している今。
口にすることは躊躇してしまう。
「萌? 言ってみろよ。わかってるんだろ?」
私をその胸に抱きながらゆっくりと体を揺らし催促する翔平君が、かわいい反面憎たらしくもある。
「萌。さ、言ってみ」
私の顔を覗き込んで整った顔で見つめられると、逆らえるわけがない。
きっと翔平君はそれを自覚しているのだろうけれど、私の気持ちがすべてばれているに違いないこの状況で逆らうなんてできない。
私は覚悟を決めて、視線を合わせた。

