「習字の時間に、いたずらされたんだっけ?」

「あ、うん。よく覚えてるね」

「当然だろ? 樹から電話がかかってきて『萌をどうにかしてくれ』って叫ばれたし」

翔平君は、当時のことを思いだしたのか、くつくつと笑うと私の頭を乱暴に撫でた。

「クラスの男の子にリボンをすずりの中に入れられて墨汁まみれにされたんだよな? そんなことで俺が萌のことを嫌うわけないのに、大泣きでさ。萌の泣き声が電話越しでもうるさくて笑ったよ。樹の焦りようもすごかったよな」

「だって、あのときは本当にショックだったんだもん。リボンは真っ黒になっちゃうしいたずらした男の子を殴って親は学校に呼び出されるし。翔平君に嫌われるかもしれないって思うと涙は止まらなくてどうしようもなかった」

相変わらず私の頭に手を置いたままの翔平くんの手を掴み、拗ねてみる。

こうして私の頭をくしゃくしゃとするのは昔から変わらない。

男性にしては細い指先の温かさに触れるたび、どきどきし続けてきた。

翔平君が今もこうして私を子ども扱いすることは切ないけれど、この温かさは絶品で、逃げようとも思わない。

翔平君の動きに逆らうことなくその熱を味わっていると、さらに何かを思い出したのか、翔平君が楽しげな声をあげた。

「おとなしいと思っていた萌が男の子とけんかしたって言って、おじさんおばさんは何故か嬉しそうだったな。相手の男の子も自分が悪いって言って謝ってくれたんだろ?」

「そう。それがきっかけで仲良くなったんだけど。びっくりするような縁があって今では付き合いも深いしご飯食べに行ったりもしてる。だけどさ、あのときは翔平君からもらったリボンがあんなことになって、本当にショックで」

「は? ちょっと待て。今でもご飯ってどういうことだ?」

「え?」

「そいつ、男だよな?今でも会ってるって聞いてないぞ?」

翔平君は、一旦は私の頭から離した手で私の肩を掴むと、辺りを気にすることなく大きな声をあげた。

「そいつと会ってるってどういうことだ? 樹からも聞いてないし、いつ会ってるんだ?」

「ちょっと翔平くん、どうしたのよ」

ぐっと近づいた翔平君の顔に驚き、その強い口調に気圧されそうになる。

私の生活すべてに神経質になっている翔平君の強気な言葉には慣れているけれど、どうしてここまで大きく反応するのかわからない。