さっきまで翔平君ともっと話したかったと言っていたのに、いざ目の前にすると何も言えないんだなと、小学生の頃のかわいい小椋君を思い出して楽しくなる。
翔平君は、そんな小椋君に苦笑しながらも「そうだな、そんなに写真が撮りたいなら」と。
「この婚姻届を手にして笑ってる俺たちの写真を撮ってくれ」
なんの迷いも照れもなくそう言って私と小椋君を驚かせ、印鑑を私に手渡した。
「これが“白石萌”としての最後の作業で、“水上萌”の始まりだな」
じいちゃんの思い出の印鑑の重みを手の中に感じると、これまで翔平君の背中を追いかけてははぐらかされて、その距離に泣きそうになっていた頃がよみがえる。
小学校の卒業式で、憧れが恋に変わったときの鼓動と足元がふわふわ浮いているように思えた戸惑い。
あの日から二十年近くが経ち、ようやく、初恋が実るのだ。
そのことはたしかに嬉しいけれど、翔平君が私の気持ちを受け止めてからの速すぎる展開に、本当にこれでいいのだろうかと気持ちは重い。
翔平君の生来の頑固さと強気な性格をよく知っている私は、翔平君が本心から私との結婚を望んでいるいうことになんの疑問も持っていない。
両親が芸能人だという特別な家庭環境に生まれて、子どもの頃から注目されることが多かった翔平君は、相手が誤解するような発言を避けるために、敢えて口数を少なくし、必要最低限の言葉しか言うことはなかった。
ほんの少しでも相手が喜ぶことを言えば自分に好意があると誤解され、逆に、当たり前のことをあっさりと言っただけで「傲慢だ」「冷たい」と非難されていた。
だから逆に言えば、翔平君が口にする言葉はすべてが本心で、相手に伝えたいと思うことしか話さない。
そのことを子どもの頃から知っている私は、「結婚しよう」と言われたとき、なんの疑いもなく信じることができた。
けれど、この状況には素直に頷くことはできなくて、手にした印鑑が重く感じられて仕方がない。
すると、私の気持ちを察したのか、翔平君がひとつ息を吐いたあと、優しく話し始めた。

