初恋の甘い仕上げ方





たしかにこの席に座って一時間、翔平君から手渡された婚姻届を前にして、悩みに悩んでいる。

正確に言えば、夕べ翔平君から大きな笑顔とともに渡されて以来くよくよ悩んでいるのだ。

翔平君に急かされて、必要事項はベッドに入る前に記入させられたけど、昔からここぞという時に使う印鑑を会社に忘れていたせいで、捺印だけはできなかった。

その印鑑は何年も前に亡くなったじいちゃんが用意してくれたもので、「萌」という名前をつけてくれたじいちゃんの形見ともなっている。

結婚して苗字が変わる前の最後のお役目。

そんな大仕事を、じいちゃんの印鑑は待っているはずなのだ。

そして今、私の手元にその印鑑があり、あとは婚姻届に捺印するだけとなっている。

たったそれだけなのに、私は婚姻届を前に、何もできずにいる。

意識していなかったけれど、小椋君が「睨んでいる」というのなら、きっとそうなんだろう。

「そういえば、水上さんがデザインしたショッピングモールのロゴ、賞を獲ったよな」

ふと思い出したように、小椋くんがそう言った。

そして、手元に置いていたスマートフォンを操作し、私に向けた。

「水上翔平といえば、インパクトで攻めるというよりも、飽きのこないデザインと記憶に残る温かさ、だよな。賞を獲ったこのロゴだって色遣いは派手じゃないし子どもでも画用紙に書ける単純な線だけど、見れば行ってみたいと思うよな」

「そうだね。どんな色味のポスターの片隅にでもすんなりと収まっちゃうし、違和感ないし。今、子どもでもって言ってたけど、幼稚園のお絵かきの時間に子どもたちが描く絵の中で、何故か今このロゴが一番多いらしいよ」

「まじ? 凄いよな、水上翔平。あー、こないだファミレスで会ったとき、もっと色々話しておけばよかったよ。あのときは水上翔平が恋人に甘々な姿に驚いて、言葉失ったもんなあ」

小椋君はちっと舌打ちすると、スマートフォンの画面に見入りながら何度も頷いている。