第九章


その後、久和さんの会社から正式にプロジェクトへの参加をオファーされた私は、「萌桃」のための自動販売機のデザインを描き始めている。

大企業の一大プロジェクトのラストを飾るだけでなく、他の復刻版とは一線を画す扱いの商品に関わることへの不安が完全に消えたわけではない。

デザインの評判が悪ければ商品の売れ行きにも直結するだろうし、せっかく私を指名してくれた久和さんの顔を潰すことにもなる。

まだまだキャリアの浅い私には荷が重すぎると、辞退しようとも考えたけれど。

『商品が売れなきゃ商品の質が悪いせい、売れたらデザインが良かったからだ』

あっけらかんとそう言った別府所長の笑顔に後押しされて、引き受けることにした。

この軽やかな思考ゆえに「片桐デザイン事務所」という大きな事務所を辞めることも出来たんだろうと思えば、細かいことに悩んでは過去を振り返る自分が小さな人間に思えてくる。

誰もが手にすることができるわけではないチャンスを与えられたのだから、精一杯頑張って、いい結果を出そう。

そう自分に言い聞かせながらプレッシャーと闘っている私を、翔平君は「気楽に考えればいいんだ」と言って、生ぬるい目で見守ってくれている。

それが、私よりも八年長いキャリアを積んでいるということなのだろう。

考えてみれば、キャリアもなにもかも、翔平君の足元にも及ばない私が翔平君と同じ仕事に向き合うことになった。

おまけに違う事務所で働いている翔平君と私が一緒に仕事をする機会なんてこの先ないかもしれない。

だから、翔平君との思い出づくりと言えば久和さんに申しわけないけれど、特別な意味を持つこの仕事を、他の誰かに譲るなんてできないのだ。

ペットボトルのラベルと自動販売機のデザインは同じものにしなければならず、当然翔平君と私が打ち合わせをすることも多いだろう。

それを楽しみにしている気持ちを抑えながら、私は日々精進、なのだ。

そして、最近の翔平君の言動を考えると、「萌桃」の打ち合わせが本格化するまでには私が「水上萌」となっている可能性が高いと思っている。

翔平君は、とにかく入籍だけは早く済ませたいと言って、お互いの事務所への連絡を既に終えているのだ。