「そろそろ新しい鞄を用意してやるよ。せっかく大きな仕事を任せてもらえるようになったんだ、持ち物にも気を遣わなきゃな」

「ううん、気に入ってるからこれでいいよ」

膝の上に置いた鞄をじっと見ている翔平君は私の言葉が気に入らないようだけど、せっかく私仕様に馴染んだ鞄だから、まだまだ現役続行、使い続けるつもりだ。

「じゃ、行ってくるね。待たせて申しわけないけど、なるべく早く終わらせるように頑張る」

「俺のことは気にしないでいいから、ちゃんと納得いくまで仕事してこい」

「うん、ありがとう。今日はやり手の小椋君も一緒で、きっとスムーズに進むから大丈夫だよ」

「……あ、そ」

「翔平君?」

「……いや、何でもない。そのやり手の小椋君が待ってるんじゃないのか? 早く行ってこい」

「あ、うん。じゃあ、行ってくるね」

何故か翔平君の声音が不機嫌なものに変わり、それが妙に気になったけれど、約束の時間が迫っていたので私はそのまま助手席のドアを開けた。

そして両足を揃えて地面におろし、一度翔平君を振りかえった。

やっぱり眉間のしわが深くて、機嫌がよろしくないとすぐわかる。

どうしてなのか、聞きたいけれど今は無理だ。

私はそのまま立ち上がり、鞄を肩にかけて翔平君を見た。

すると、ふっと息を吐いた翔平君が肩をすくめて口を開いた。

「35歳の大人でも、気になることは若い頃と同じってことだよ。萌が俺のところに帰ってくる頃には、いつも通りの余裕の翔平君に戻ってるから安心しろ」

「え? ……えっと、うん」

わざと軽い口調でそう言っているような不自然さを感じつつも、それ以上聞いてほしくないと翔平君の目が訴えているのに気付き、私は曖昧に頷いてドアをしめた。

そして、工場の玄関ロビーに向かって歩き出す。

気になることって何のことだろうかと頭の中で繰り返し考えてみても、とくに思い当たるものもない。

駐車場に車を停めてから交わした言葉のいくつかを思い出しても同様で。

考えても仕方がないかと気持ちを切り替えた。

翔平君のもとに早く戻りたい。

そのためにも、そしてこれからの自分のためにも、今日の仕事に集中しよう。

とりあえず、私がドアを閉めるときに見た翔平君の表情からは不機嫌さが少し和らいでいたことに安心し、歩みを速めた。