初恋の甘い仕上げ方






「翔平君は、昔からできすぎなのよ」

翔平君は、兄さんの高校の同級生で、私が小学生の頃から我が家によく遊びにきていた。

家に帰ってもひとりだということを知った両親が強引に我が家に招き、ほぼ毎日夕食を食べさせていたのも懐かしい。

翔平君のご両親はふたりとも俳優で、たくさんの映画やドラマに出演している。

どちらかといえば主役というよりも脇を固める演技派というポジションにいて、私が小さな頃から現在まで途切れることなく仕事をしている。

そういえば、夫婦そろっての活躍に対して翔平君は「あのふたり、俳優以外できない人間だからなあ」と苦笑していたこともあった。

小さな頃から私も私の家族も何度も会っているけれど、俳優以外何もできないというのは大げさでもなく、彼らを表す的確な表現だ。

けれど、翔平君への愛情は深く、一緒に過ごせるときには翔平君が嫌がってもお構いなしにべったりと過ごし、その愛情を惜しむことなく注いでいた。

ただ、仕事にかける情熱が冷めることはなく、変わらない忙しさの中、仕事を続けている。

そんな、生まれ持っての俳優の才能を存分に発揮しながら人生を謳歌している翔平君のご両親は、その才能に反比例して、翔平君に呆れられるほど家事一般、子育て全般の能力に欠けていた。

『子育ての才能は皆無だから、俺は自分で自分を育ててきたんだ。ぐれずにまともに育った俺って、すごくないか?』

ふざけた口調の裏側に、寂しさも怒りも感じられないほど達観していた翔平君のこと、実は尊敬している。

高校生の頃の翔平君は、一般家庭とは違う自分の生活環境を素直に受け入れ、両親にわがままを言うこともなかった。

けれど、本来なら得られるはずだった家族の温かさや両親との思い出やら何もかもを期待できない子ども時代。

どれほど悔しい思いをしていたのかと、何度も考えた。