「あ、ごめんなさい」
慌てて体制を立て直し、その胸から離れた。
「ほら見ろ、男に腕でも掴まれたら逃げることなんてできないんだ。もう少し早い時間に帰るか職場を変えろ」
私の手を離さず、それどころかさらに強い力で握りしめた翔平君がそう言った。
「翔平君……。無茶言わないでよ」
職場を変われなんて、簡単にできるわけないのに。
「翔平君だったら手を挙げればどの事務所でもすぐに入れるだろうし、独立して自分の事務所を立ち上げることもできそうだけど。私にそんな選択肢はないんだから」
私はそう言って翔平君の手をそっと離すと、マンションに向かって再び歩き始めた。
数歩歩いたところで、翔平君が私のあとをついてきてくれていると気配で感じ、ほっとした。
兄さんの親友であり、悪友でもある翔平君は、私より八歳年上の売れっ子デザイナーだ。
商業デザインを手がけていて、その名前を知る人は多い。
翔平君が手がけた商品はどれも評判がよく、売れ行きも好調だ。
大きなイベントのイメージキャラクターや学校の校章をデザインすることもあり、そのどれもが高い評価を得ている。
私も同じ業界で働いているおかげで翔平君が携わる仕事に関しては細かいことまで知ることができ、そのたびに自分との距離が開いたと感じて落ち込んでしまう。

