「七咲さん!」

ドアを開けると深緑の世界がそこには広がっていた。
深緑の木々が生い茂り、地面は一面が緑。
しかし、真紅の世界同様に空もすべてが緑一色の世界。

たしかに、ここは、七咲さんがいたアパートの一室だったはず。
なのに、どうして?
こないだと全く同じだ。
ドアを開けた途端に、別の世界にやってきてしまう。

まさか、わたしは、またこの世界で誰かと戦わなくてはならないのか?
一体、この世界はなんだって言うの?
しかし、どれだけ自問自答を繰り返しても、混乱するばかりで答えは出ない。

行くしかない。

前と同じ状況なら、ひたすら歩いていれば、城にたどり着くはずだ。

「え」

わずかな時間歩くと、緑一色の巨大な塔が眼前に現れたのだ。

意外とあっけなく、辿り着いてしまい、わたしはあっけにとられてしまった。
ただ、前回と違うのは、城ではなく、塔だということ。
きっと、ここにも、真紅のような存在が待ち構えているに違いない。

塔には、ひっきりなしに植物が絡まり、それ自体が巨大な植物にさえ見える。
一階と思われる部分にある入り口の扉は、開いている。
そして、その入り口からは、おいしそうな香りが漂ってくる。

これは、罠なのだろうか?
なんとかホイホイのような…。
そうだとしても、行くしかないんだ。
わたしは、意を決して、塔へと侵入する。

薄暗い塔の内部は、螺旋階段が上へ上へと、ひたすら続いている。
最上部の方からは、何か音が聞こえてくる。そして、塔内に充満する美味しそうな香り。

わたしは、螺旋階段を登り始める。

塔へは、あっけなく辿り着いたものの、螺旋階段はまるで、無限に続いているかのようだ。どれだけ進んでも、おいしそうな香りには近づいているものの、最上階にたどり着かない。


そんなわたしは、ふいに気付く。何者かの気配を。
何か気配を感じる。
誰かにつけられているような。監視されているような。

「誰!」

わたしの言葉に、さっと隠れる影。
わたしは、相手の様子をうかがい、その場で構えた。

「出て来なさい!誰なの!」

しかし、返事はなく、わたしの前に現れる様子もない。
わたしは、再び、階段を上がることにした。

気になる。
絶対、誰かいる。

「誰!」

振り返る。
さっと隠れる影。

襲ってくることはなさそうだけれど、わたしは、その視線が気になって仕方がないのだった。

そして、常に何者かの気配を感じながらも、
わたしはいい香りが漂ってくる最上階へ向け、歩みを進めた。
その香りのせいなのか、運動をしているからなのか、歩くほどに、空腹感は増していく。
おいしい料理が、わたしをまっていると信じて、わたしは歩き続けた。

そして、ようやくわたしは、最上階へとたどり着いた。
もうすでに、疲れ果てているわたし。

「え」

そんなわたしの目の前を、とことこ歩くのは二足歩行の子猫たち。
ちなみに、猫型ロボットではない。
その手には、いい香りと、出来立てを思わせる湯気が漂う、おいしそうな料理。

それは、最上階に広がる空間の中央に一個だけある大きなテーブルへと次々と運ばれてゆく。

テーブルでは、ひとりの少女が次々運ばれてくる料理を次から次に平らげている。
それは、漫画かアニメで見るような光景。

「こ、こんにちは」

わたしはおそるおそる彼女のもとへと歩み寄った。

「誰?」

少女は、わたしに見向きもせずに、食事をしながら言う。

「あ、ああ、なゆたっていいます」

「ああ、なゆたさんね。フーン。ああ、ようこそ、ガツガツ、わたしの世界へ、ムシャムシャッ」

少女は、箸とフォークとナイフ、スプーンを驚異的なスピードで持ち替えながら、テーブルに運ばれる料理を次々と完食していく。
わたしには、興味がないと言わんがばかりに。

植物を全身にまとわせた、緑のドレスを着た少女。
目鼻立ちがしっかりした顔立ち。ぷっくりとしたくちびるは、色っぽい。
真紅にも見劣りしない美少女だ。
そのミディアムボブの髪、瞳までもが、深緑に染まっている。

「聞いて。わたしね、どれだけたべても満たされないの」

彼女は、次々運ばれてくる食べ物を、貪るようにひたすら食らっている。
その量は、尋常ではない。
まるで、四次元ポケットのように、無尽蔵に吸い込まれていく料理達。

わたしは、しばらく、彼女の様子に唖然としていたが、ふいに空腹感が再び、わたしを襲う。
たまらず、わたしは彼女にこう言った。

「もし、よかったら、わたしにもごちそうしてもらえませんか?もう、おなかぺこぺこで」

「ヤダ。これ、全部私のだもん」

彼女は、わたしを睨み付けながら言った。
なんて、けちな人だ。
こんなにも料理があるというのに。

でも、今、初めてわたしの方を見た…。

「あ、やっぱり、いいよ」

彼女は、何か閃いたかのように箸を置いた。
わたしは、思わず息を飲む。
彼女が提示するであろう、交換条件に怯えながら。

「好きなだけ食べなよ。その代わり、どっちがたくさん、食べられるか競争しようよ」

「は?」

わたしは、彼女の突拍子もない提案に茫然とするしかない。
彼女に大食い勝負して勝利するなんて、絶対に無理だ。
さっきまでの彼女の食べっぷりを見れば、誰にだってそんな事はわかる。

「もし、なゆたさんが勝ったら、あのごはん食べられないお友達の事、助けてあげてもいいよ」

「え?」

七咲さんの事?
どうして、この子が七咲さんの事を知っているの?
この子の存在もまた、七咲さんを苦しめている元凶?
だとすれば、わたしは、この子に勝たなくてはならない。

「やらないって言うなら、ずーっと、この世界で、私が食べてる姿見て、生きてもらう事になるよ?」

「まあ、やらないって言うなら、ずーっと、この世界から出られないだけだけど」

「わたしをこの世界に閉じ込める気?」

「どーすんの?やるの、やんないの?」

そうだ。きっと、わたしならできる。
真紅との戦いでもそうだった。
刀なんて触った事もないわたしが、真紅と互角に戦う事ができたんだ。
自分を信じてやるしかない。
それに、七咲さんを助ける為なんだ。やれるだけの事はやろう。

「わかった。やろう」

「いいね、じゃあ、横に座って」

わたしは、少女に促されるまま、テーブルへと着席した。

「この砂時計、正確な時間はわかんない。でも、これが全部落ちるまでに、たくさん食べた方が勝ち。料理は、猫ちゃんたちがどんどん運んでくるから」

「ああ」

否が応でも緊張が走る。

「もし、わたしが負けたら、どうなるの?」

「私に勝てるまで、ここにいてもらおっかな。皿洗いの猫ちゃん、どんどん減ってきてるし。なーんかね、過労死?よくわかんないけどー」

「あ、あんた…!もし、わたしが勝ったら、あの子達にもっと優しくすると約束して!」

「はあ?なんで?死んだら、また作ればいいじゃん。めんどいから、作らないんだけどー。まあ、いいや、どうせ、なゆたさんは私に勝てないし、いいよ」

「絶対、勝ってやる!」

そして、わたしと彼女の目の前に同時に料理が運ばれてきた。