ああ、頭が痛い。

また、だ。

ここは、歩道橋の上?

最近、いつもそう。
鈍く重い頭の痛みで、はっと我にかえるのだ。
そうなると、大抵、自分が何をしていたのかを思い出すまでに時間を要してしまうのだ。

今もそう。
わたしは、何をしてたんだっけ。
思い出そうとしても、すぐには出てこない。

「あ…!」

そうだ。
この歩道橋は、いつもの通学路。
そして、制服姿のわたし。
思い出した。
わたしは、学校から帰るところだったんだ。

日は沈みかけ、空は一面、オレンジに染まっている。

わたしの名前は…なゆた。
ありきたりだけど、絵を描くのが好きな、至って普通の女子高生だ。
ただ、ちょっとだけ、オタクだったりもするけれど。

あれは?

わたしは、歩道橋から道路を眺めている女の子の姿に気付いた。
制服の上にパーカーを羽織り、フードを深くかぶった彼女はクラスメートの七咲さんだった。
ああやって、顔が見えないくらいフードを深くかぶっているのは、七咲さんくらいしかいない。

彼女は、不登校の状態にあって、今日も学校へは来ていなかった。

酷いいじめに合っていたのは、知っている。

けれど、ずっと、わたしは見て見ぬふりをすることしかできなかった。
助けようとなんてすれば、わたしがいじめの対象になってしまうから。

七咲さんがいじめられていれば、わたしはいじめられずに済む。
だからと言って、それが良い事と割り切る事はできなかった。

常につきまとう罪悪感。

いつしか、七咲さんが登校しなくなって、七咲さんを心配するよりも、安心するわたしがいた。
彼女がいじめられるのを見ないで済む。
もう、見て見ぬふりをしなくても済むんだ、と。

「どうしたの、こんなところでぼーっとして」

わたしは七咲さんに歩み寄ると、おもいきって声をかけた。

なぜだろう。
いまさら、どうして、声をかけたのだろう。
今までみたいに、見て見ぬふり、関わらない方が、楽なはずなのに。
罪の意識から解放されたかったから?

「学校、もう来ないの?制服着てるから、今日は来るつもりだったんだよね?」

「…」

わたしが話しかけても、七咲さんは、ただ道路を走る車を眺めたまま。
返事をするどころか、わたしに顔を向けることもない。
いじめを見て見ぬふりをしたわたしのことを、今も恨んでいるに違いない。

「もう学校来ないの?」

「…」

歩道橋を行き交う人達は、不思議そうにわたし達を見て行く。
わたしだけが一人で話している様子は、側から見れば異様にしか映らないのだろう。

「え、なに?」

ふいにわたしは、七咲さんのくちびるがかすかに動いている事に気付いた。

彼女は、何かボソボソとつぶやいていたのだ。
しかし、それは、あまりに小さな声だった。
車の音にかき消され、今までわたしはそれに気が付いていなかったのだ。

「悩んでることがあるなら聞くよ?」

そう告げたその瞬間だった。

彼女は、突然立ち上がると、歩道橋の手すりに足をかけたのだ。

「ちょっと!?」

わたしは突然の出来事に動揺しながらも、とっさに彼女の手をつかんだ。

そうしなくてはならない。
そんな気がして。

しかし、七咲さんの腕をつかんだその時、わたしは見てしまった。
長袖からちらっと見えた彼女の手首に無数の傷があるのを。
それは、七咲さんが自傷行為を行っている確かな証拠だった。

「死なせてよ」

小さな声だったけれど、彼女は、たしかにそう言った。

七咲さんは、自殺をするつもりでここにいたのだ。

「自殺なんて、だめだよ!」

わたしは、七咲さんの腕を引っ張り、手すりから引き離した。

「どうして。わたしなんて、生きてる意味がないのに」

「そんな事ない。生きていればいいことあるって。だから、学校行こう?」

「あなたはいいよ。そうやって、ずっと、見て見ぬふりをしてきたんだから。苦しむのは、いつもわたしなんだよ。わたしの事、助けてくれなかったじゃない」

「そ、それは」

わたしは、反論できなかった。
七咲さんがいじめられている事を知りながら、助ける事をしなかったわたしが、今更何を言っても、彼女の心には届かないのは当然だった。

「あなたがいると、死ねないから、今日はもうやめる」

七咲さんは、そうつぶやくと、早歩きで行ってしまった。

「待ってよ」

わたしは、七咲さんのあとを追おうとするが、その時だった。

「う!痛い!頭が割れる!」

急に酷い頭痛に襲われたわたしは、その場にしゃがみこむ。

「待って…」

その間にも、彼女の後ろ姿は遠くなっていく。

あまりの頭痛の苦しみから、彼女を追いかけることもできず、わたしはそのまま、意識を失ってしまった。