「それにしてもさ。なゆたさんは、優しい子だね。他人を思いやる気持ちに溢れてる」

「そ、そんなことないよ、わたしも同じ。七咲さんの事を見て見ぬフリしてきたから」

「そんなことない。彼女を助けたいという気持ちがあるから、きっと、この世界に呼ばれるんだよ」

わたしがこの世界に呼ばれてる?
それは、七咲さんを救う為に、わたしはこの世界に導かれているという事?
真紅、緑夢とは、いったい。

「あのさ、もうひとつ気になってたの。緑夢は、真紅の事知ってたよね?面識があったの?」

「うん、会ったら、なんか思い出したの。前にも会った事あるって。でも、どこでどう会ったかは思い出せないんだよね」

よくわからない答えだけど、この子はきっと忘れっぽい性格なんだろうな。

「ちなみに、この世界の主はどんな人なの?」

「うーん、思い出せないなー。あ、見えてきたよ、目的地」

緑夢は、走って先に行ってしまった。

いま、この世界について、あれこれ考えても、答えは出ない。
わたしは、緑夢の後を追って走り出した。

ただ、緑夢の話で、確信したことがある。
それは、何より重要な事。
そう、この世界を消滅させる事が、七咲さんを救う事になるという事。
わたしはその使命をもって、この世界へ導かれているという事。

目の前に広がるのは、金色の海と海岸。
そして、一軒の海の家。
わたしは、緑夢とともに海の家へと入った。

「ようこそ、あたしの世界へ」

ハンモックで横になっている金色の水着姿の少女は、わたし達をじっと見る。

金髪のロングヘアー。
金色の瞳。
白く細い肢体に、全身いたるところに纏う金の装飾。
そして、ふくよかな胸。
その姿は、あまりに神々しく、天使か女神のよう。
美少女と呼ぶにふさわしい少女のその姿。
わたしは、つい見惚れてしまう。

「って、おやすみ」

金色の美少女は、わたし達に背を向けながら言う。
しかし、彼女からは全くやる気が感じられない。

「おやすみって、なに!起きて!」

「あんたこそ、あたしになんか用なわけ?」

背を向けたままの少女。

「七咲さんを助けたいの」

「誰ソレ」

「誰それって」

「聞こえるんでしょう、あなたにも声が!七咲さんの苦しむ声が!頭痛くなったりしないの?」

「聞こえないんだけど、ぐー」

「起きてーってば!」

わたしは、ハンモックを激しく揺らす。

「ゆするな、ゆするな!わかったよ、だから少しだけ寝かせてよ」

「じゃ、私も寝よーっ!」

緑夢が床に寝転がろうとするのを、わたしは制止する。

「こら、グリム!この場合、どうしたらいいの?」

「わからん」

「わからんって!ちょっとぉ!ちょっと、七咲さんを助けてあげて」

わたしは再び、ハンモックを揺らす。

「だーかーらー、七咲さんなんて人知らないの。どうしろっていうわけ?」

「はあ、じゃあ、もういいよ。もうここから出して」

これじゃ、ラチがあかない。
こうなったら、撤退あるのみ。
一度、この世界を後にするしかない。

「はあー?出せといわれてもー、あんたが勝手に入ってきただけー。てか、そもそも出し方知らなーいもーん」

「なんかこいつむかつく。殴ったろか」

緑夢は、拳を振り回しながら、彼女に歩み寄る。
緑夢は、おっとりしているようで意外と短気で好戦的な一面も持ち合わせている。
しかし、彼女に近づいたその瞬間だった。

「うわああー!」

なんと、緑夢は、後方へ勢いよく弾き飛ばされたのだ。
その距離は、およそ3メートル。

「いてて!何すんだよ!って、うわあ!」

緑夢は、金色の少女につかみかかろうとするも、再び、吹き飛ばされてしまう。

「はあ?なんもしてないし。勝手に吹っ飛んでんじゃん。ソレナニ?新しい遊び?」

たしかに、彼女は、わたし達に背中を向けて寝たまま。
今のが彼女の仕業だとしたら、超能力なのか、それとも、目に見えないバリアのようなものを張ったのか?

「あーあ、おやすみ」

だめだ。このままじゃ、どうすることもできない。

本当に、どうすることもできないのだろうか?
「勝負」の二文字が、わたしの頭に浮かぶ。
彼女と何かしらの勝負を行い、彼女に勝利すれば、道は開けるはずだ。
そして、それは、七咲さんを助けることにも繋がるはずである。

わたしは、少女に勝負を挑んだ。

「わたしと勝負しなさい!」

「はあ?勝負?なんで?めんどくさーい」

しかし、少女は、まったくわたしを相手にしようともしない。
勝負以前の問題。
少女をやる気にさせる事は、相当困難な予感がしてならない。

「緑夢、何かいい案ないかな?」

「いい案ね。うーん、お菓子食べながら考える」

というわけで、体感的に1時間くらい経過して…。

金色の少女も、わたしもすっかり熟睡中。
と、緑夢の声で目を覚ます。

「よーし、思いついた!もし、なゆたさんと勝負して、なゆたさんが負けたら、なゆたさんはおまえの召使いになる!」

「え?まじで?」

金色の少女が、緑夢の提案に食いついた。

「誰も了承してない!」

しかし、なんで、わたしが!
そんな思いから、わたしが大声を上げたその時である。

「うそ、そんなのずるいです!」

真紅だ。

「真紅、あんたいつの間に!?ちゅーか、わたしは全然今の話、了承してないから!」

「めんどくさいこと全部やってくれるなら、あたし、寝てるだけでいーじゃん。その勝負受けた!めんどくさいけどー。ただーし、勝負の内容は、あたしが決める!」

もうこうなったら、やるしかない。
わたしは、大きくため息をつく。
そう。ようするに、勝てばいいんだ。
というよりも、負けることは許されないのだけれど。

「ああ。いいよ、それで」

「それじゃーねー、あたしを30分以内にベッドから引きずりおろせたら、あんたの勝ちー」

「わ、わかった」

それが、簡単でないことは、想像できる。
先程、彼女に近づこうとした緑夢が吹き飛ばされたように、何か彼女に秘密があるのは、あきらかだ。

「んじゃ、おやすみ。ぐーぐー」

早速、いびきをかいて眠り始める少女。
天使のような無邪気な寝顔。

「楽勝じゃん!」

緑夢は、学習能力がないのか、ハンモックに飛び込んでゆく。

「あっ!バカ!」

しかし、予想通り、再び弾き飛ばされてしまう。

「ば、バカって言う方がバカじゃん!」

「そういう問題じゃないでしょ」

真紅はあきれている。

「それなら、これはどう!」

真紅はレイピアをその手に出現させると、寝ている少女に向けて突きを繰り出した。

「あ!バカ!それは、やりすぎだ!」

わたしの制止は間に合わない。

「ひいっ!!」

「なに今の声!?」

たしかに、今、わたし達以外の声が聞こえた。
わたし達以外には、この空間にはいないはずなのに、である。

「あっ!」

ハンモックが大きく揺れる。
ハンモックを吊り下げている四箇所のロープのうち、一箇所が今の突きによって、切断されたのだ。