「謝る事ではないよ。拓篤の母親は、彼が五歳の時に病気で亡くなったんだ」
神谷さんの言葉に、声を失う。
今の悠と同じ年の頃に、母親を亡くしたなんて……どんなに辛いことか。
かけがえのない家族を失うことが、どんなに寂しいことか自分を重ね胸が痛んだ。
「彼女とは、高校時代からの腐れ縁でね。いつの間にか、私の傍に居ることが当たり前になっていたんだ。だから彼女が亡くなった後も、後妻をめとる気にもなれなくてね……拓篤には寂しい思いを沢山させてしまった」
どこか懐かしむように、遠くを見つめるように窓の外を見る。
きっと亡くなった奥さんとの思い出を、思い出しているんだろう。
「な~に、柄にもないこと言ってんだよ。ま、それだけ母さんのこと、愛してたって事だろ」
呆れたように溜息を吐きながら、拓篤くんがキッチンから湯気の出たカップを三つ、トレイに入れて戻ってきた。
そして神谷さんの隣に座り、カップをそれぞれの前に差し出す。
「それは綺麗ごとだ。私は彼女が居なくなった辛さと寂しさを感じないように、仕事に逃げてしまっただけ。お前の気持ちにも気付かずにな。ダメな父親だよ」
自嘲めいた笑みを浮かべて、拓篤さんを見る。
その目はとても優しく、彼のことを大切に想っていることが感じられた。

