「月が綺麗ですね。」
いつも通りの帰り道。
隣を歩いていた西野くんは私にそう告げた。
“月が綺麗ですね。”
あの有名な夏目漱石の言葉くらい私だって知っている。
本好きの彼からしたらこれが精一杯の告白なのだろう。
「そうだね…。」
まるでそんな言葉知らないと言わんばかりに、私はただ一言そう答えた。
「うん…。」
消え入りそうな声で返事をした彼に、かすかに胸が痛んだことを私は心の奥底にしまい込んだ。
彼はかけていた眼鏡を外すと、月が輝いている空を見上げた。
不覚にもその横顔が綺麗だと思った。
「ねぇ。」
そんな感情を誤魔化すかのように、私は眼鏡を拭きはじめた彼に話しかけた。
「なに?」
「明日、放課後付き合ってよ。」
私はずるいのだろう…。
「ああ…。」
西野くんの返事を聞くと、私は月を見つめて微笑んだ。
少し後ろを歩いている西野くんの口から、
「君は本当にずるい…。」
切なげに呟いた言葉を私は知らない。
いや…。
知らないふりをしたんだ。

