あの日、僕は見たんだ。
海から顔を出して、確かに見たんだ
崖の上で車椅子に座った少女が涙を流しながら歌を歌ってるのを。
その歌声はとても優しくて美しくて
そして とても寂しかった。

あの瞬間僕はその声に、姿に、少女に恋をした。
今すぐ彼女の元へ行って、抱きしめてその涙を拭ってあげたかった。
しかし、僕には彼女のもとへ行く足を、彼女を抱きしめる腕も、涙を拭う手をもっていなかった。
それでもどうにかして彼女の涙をとめたかった。だから僕は彼女の美しい歌に合わせて叫んだ。君は一人じゃない、どうか壊れないで、どうか笑ってほしい。僕の声はオカリナのように、甲高い笛のようにその海に響き渡った。すると少女の歌声が止んだ。
少女は驚いたように目を見開いて周りを、海を見渡した。そして少女は僕を見つけると黙ったまま僕を見つめた。僕も彼女を見つめ返す。彼女の目は夜のように黒く涙を流していたせいか酷く濡れていてそれがまるで月の光に輝く黒曜石のようだった。しばらく固まったように見つめあっていたが少女は少し寂しそうに笑うと一粒涙を落とし手から輝く何かを海に落とした。少女の手から落ちた輝きは小さい音を立てて海の中に消えて行く。落ちた音を確認した少女は車椅子を引いてその場を去って行った。

輝きが落ちて行った場所まで行き海の中に潜ってみた。海底までくるとそこには紅い石が埋め込まれた小さなロザリオが落ちていた。その小さなロザリオを細い口に咥えて急いで海面へ出る。海面を出ても彼女はもういない。

彼女はまだ地上の何処かで泣いているのだろうか?もしそうならば彼女の悲しみを、寂しさを取り除いてあげたい。仮に取り除くことができなくてもただそばにいて共にその悲しみを背負いたい。彼女の優しい声を、歌を聞きたい。あの黒曜石のような瞳でまた見つめてほしい。
彼女のそばにいたい。

夜になって僕は月に向かって叫ぶ

ああ、神様!どうかお願いです!
どうか、この僕を彼女のそばに置いてください!彼女の悲しみを彼女と共に背負うことをお許しください!
もし願いが叶うならば僕はなにを失っても構いません!
1番波が高く上がったときそれは現れた。



そしてその日の夜、僕は神様に出会い魂を受け渡し人間になった。