合格した後予備校で一緒だった2浪の松田と学芸大の裏門の
向かいの古い民家に下宿してともに農学部を目指すことにした。

学芸大では英語の授業だけ出てあとは松田と図書館で受験勉強
の毎日が始まった。その図書館でとうとう杏子に出くわしたのだ。

驚いた杏子の声を制して治は立ち上がると外に出た。旧京都師団
兵舎跡地の学園はなだらかな起伏があって緑多く初夏のまばゆい光が
、それを口実に治は視線をそらして杏子に告げた。

「残念ながらまた不合格だった。来年最後の望みをかけて農学部を
受験するよ。この1年此の学園で頑張るので、よろしく」

夏休みも終わり学園祭の季節も過ぎて肌寒くなってきたころテニス
コートで杏子を見かけた。彼女がテニスをするのを見るのは初めてだ。
午後の淡い日差しの中で杏子の姿態は健康そのものだった。

禁忌なものを眺めるように、周りを見回し、誰もいないことを確認して
少しずつフェンスに近づいて行った。美しい、涙が出るほど美しい、
しばし見とれ、気づかれそうな気配を察してその場をそっと立ち去った。

数週間後の寒い日治は郵便局に願書を出しに行った。ここでまた偶然
杏子に出くわしたのだ。もう受験も間近だ。いずれにせよ来年は海外へ
旅に出る。ひょっとしたら帰ってこないかもしれない。これが最後か?

聞くと下宿先は桃山南口と言う。桃山御陵を越えていけば1時間の道のりだ。
ゆっくりと歩きながら、がむしゃらに一人でしゃべり続けていたようだ。
何を話したかははっきりとは思い出せない。