「ひとみはどこ?」

 今ではすっかり落ち着いた静かな声が、ひとみの仮面を被った目の前の女に、鋭い視線を投げ掛ける。

「なにいってるの? 私はここにいるじゃない」

 心外そうに首を振る。

「明美ちゃんの目の前にいるのは正真正銘、ひとみよ……」

 言葉を切って一瞬の間を置き、続ける。その言葉の意味を効果的にするために。

「体は、な」

「どういうこと!」

 ひとみの口から放たれる言葉に、さすがの和己も身を硬くしたのがわかった。

「暗く、じめじめした世界にはもう飽き飽きしていた我は、暗い闇から抜け出した。ここには我を楽しませる様々なものがある。光、快楽、喜び、興味は尽きない。やがてこの世界が欲しくなった。我はこの世を我が物にすることを決めるのに、そう時間はかからなかった。居心地の良いこの世界にいつづけるには、完璧な器が必要不可欠だった。そして、探し見つけだした。この体を。知りたいか? どうやって奪ったか。教えてやろうか? どうやったのかを」

 そのわけを話したくてたまらないといった感じに、口の端を持ち上げて醜く笑った。

「仲間のふりをしてお前たちの中に入り込むのは容易いことだった。多少不信感を抱いたようだが、ゾンビどもに襲わせ、ヘラヘラ笑って倒してやれば、心強い仲間の出来上がりってわけさ」

「斎神父を操ってたってわけ!?」

「その通り。この器を手に入れるためとはいえ、人間のふりをする毎日もなかなか面白かったよ」

 ドジでマヌケで、ときには助け、ときには助けられた存在の斎神父が、じつは悪の親玉だったなんて……。信じられない思いで、明美は視界の端のほうで横たわる斎のほうをちらりとうかがう。

「どんな色にも染まる可能性を持つ、汚れなきこの純粋な器を手に入れた今……」

 ひとみが胸にかけていた十字架を握り締める。

「我の力は完璧なものとなる」

 ブツリと音を立てて鎖を引きちぎると、まるでゴミを投げるように十字架を床の上に投げ捨てた。高い音をたて、床の上を跳ねる十字架を、ぼんやりと眺める明美にある疑問が浮かんだ。

 ひとみは……気付いていたのだろうか?
 体を悪しき存在に乗っとられた斎神父が、心の奥底で状況を楽しみながら私たちのそばにいたのを。