「ひとみは聖のこと、『聖くん』なんていわない……!」

 何かが起きている。
 追い立てられるように駆け出した。すぐに和己も後を追う。下駄箱で靴をはきかえる余裕なんてない。フラついたって走る足は止めない。なりふりかまっていられる状態じゃなかった。階段を駆け上がり、家庭科室の扉を開け放った。中に入ろうとして足をなにかに取られた。

「……‼」

 その信じられない光景に固まる。
 足元にうつぶせに倒れた斎神父の姿。ピクリとも動かないところを見ると、意識がないのか、それとも……。

「あら。明美ちゃんお帰りなさい。それから和己くんも」

 その声に顔を上げると、ひとみが椅子に足を組んで座り、笑顔を浮かべている。その笑みは極上といってもいいほどだったが、影を帯びていてなんとも不気味だった。明美と同じ光景を見たのか、後からきた和己が後ろで息を飲むのがわかった。

「ひとみ……? あんた、ひとみなの?」

 そう声をかけずにはいられないほどの、変貌振り。暖かな印象を抱かせる目が、今や鋭くつり上がっている。ひとみはこんな笑いかたしないし、足を組んで座ったりしない。けれどいま目の前にしてるのは、ひとみ以外の誰でもない。
 不安に胸が騒ぐ。

「え~明美ちゃんったらなんの冗談? ここにはあなたたち以外に三人しかいないでしょう? 私と斎さんと……うふふ」

 途中で言葉をとぎらせると、手の甲を口に当てながら声を上げて笑い出した。
 そういえば先に来ているはずの聖の姿が見えない。この怪しげなひとみにいち早く気付いて、騒ぎそうなものなのに。

「聖、聖は? 聖はどこ‼」