「二手に分かれるしかない! 集合場所は山頂の教会だ‼」

 え――? 
 誰?
 聖の声じゃない、声がこだまする。そして、霧の中から強い力が明美の腕を掴んだ。

「‼」

 暖かな手の感覚に振り向くと和己で、和己は明美の手を掴んだまま走り出した。
 雨により更に動きの鈍くなったゾンビたちを、どんどん追い越していく。ゾンビの姿はあっという間に霧の中へ消えていった。
 最初は引きずられるように手を引っ張られていた明美も、次第にしっかりした足取りで走り出す。
 どこへ向かっているのか方向もわからないまま、走り続けた。
 振るしきる雨足は強くなる一方で、叩きつけるような雨は体温までも奪っていく。 
 ずぶ濡れになった和己たちは、やっとの思いで、雨宿りができそうな小さな洞穴を見つけた。
 中へ駆け込むと、どちらともなく手を離し、少し離れた場所で立ち尽くす二人の、短く切れた息遣いだけが洞穴の中に響く。
 髪からも服からも滴が滴り落ちるその様子は、人間をまるごと洗濯した後のようだった。

「………」

 二人を包む静寂の世界の中に、雨の音だけが響いていた。
 和己が面倒くさそうに、顔にへばりついた髪を両手でかきあげる。明美はそこに現われた額から鼻にかけてきれいなラインを描く端整な横顔にしばし見惚れ、そんな自分に気付いて慌てて目をそらした。

「た、助けてくれて、その、ありがとう。あの状況がしばらく続いてたらちょっと自分に、自信無くすところだった」

 早口でまくし立てるように話す明美。その胸は和己に対するドキドキが止まらない。

「……あの場合、仕方ない」

 洞窟の壁に寄りかかるようにして座る和己から、今まで話さなかったのが嘘のように言葉が返ってくる。
 短いけど、低い確かな声。
 聞き間違いじゃないよね? 和己の反対側に座りながら、言葉を探してもう一度話しかける。

「聖とひとみ、大丈夫かな」

「大丈夫だろ。アイツだって戦士だ」

 前方に座る明美から視線をそらせた和己は、しっかりした口調で言葉を返してきた。
 前に聞いた和己の声。誰かに似ていると思った。
 今日聞いた声で分かった。光成の声に似てるんだ。
 でも、どうして……?
 話をしなかったのは、声が似てることと関係ある? 

「今まで話をしてくれなかったのは、光成が関係あるの?」

「………」 

 聖のように、思ったことを黙っていられない明美は、身を乗り出すようにして和己に問い、問われたほうの和己は近づいてくる明美に視線を移すも、逃げるように視線をそらした。