「………‼」

 昔の嫌な記憶がそのまま夢になって現われ、そこから逃げ出すように飛び起きた。
 気が付けば、辺りは明るい。
 もう朝がやってきたんだな。
 遠くのほうで頭痛がしている気がして思わず頭に手をやる。
 その向こうで光の中の影が揺れた。
 髪の長い、細身の女性。

「母……さん?」

 逆光で姿かたちははっきり見えなかったが、思わずそう、つぶやいた。
 するとその女性が、四つんばいのまま這うようにして猛烈な勢いで俺のところまで来て、まじまじと顔を覗き込んできた。
 まずい。
 明美だ。
 慌てた和己は明美の視線から逃れるため、俯いてしまいそうになる自分をかろうじて耐える。

「あんた……今、しゃべったよね?」

 彼女は驚いた顔をしている。

「………」

 まだ、ばれるわけにはいかない。内心汗をかきながらそれでも和己はポーカーフェイスを決め込んだ。

『母さん』。

 はっきり聞き取れたわけじゃないけど、そう言った気がする。明美は次に何かしゃべるんじゃないかとますます顔を近づけて、食い入るように和己の顔をじっと見る。
 難しい表情で覗き込んでくる明美には、次の声を聞くまで許してくれない雰囲気があった。

「………」

「………」

 眉間にしわを寄せた明美と、感情の読めない無表情の和己が言葉を交わすことなく見つめ(睨み?)合う。