放課後、誰もいなくなった教室で私、木野 のの(きの のの)は人生初の壁ドンを経験していた。
今日、私のクラスに転入してきた、芹澤 伊月(せりざわ いつき)によって。

「俺のこと、忘れたわけじゃないよな?」

芹澤 伊月はそう言って、にやりと笑った。

あー、噂の壁ドンってこんなんなんだなぁ…。
と思っていたら、突然かけられた言葉。
俺のこと忘れたわけじゃないよな、だって?

「あの、私あなたのこと知りませんけど?第一、今日あったばっかじゃないですか?」

私が言うと、芹澤 伊月は眉間にしわを寄せ、明らかに不機嫌になる。

え、私まずいこと言ったかな…。

思わずしまったという顔をする。

「ほんとに俺のこと覚えてないんだ?のーのちゃん?」

え、会ったことありましたっけ?
こんなにイケメンなら会ったこと忘れないと思うんだけどなぁ。

首を傾げて思い出してみる。
が、心当たりがない。

「ごめんなさい、全く覚えてません。というか、わかりません。ごめんなさい」

すると、壁についていた手が1本から2本に増えた。
さっきより顔が近くなる。

「ふーん。小学1年の入学してすぐの時、トイレに間に合わなくてお漏らししてたの、どこの誰だったっけ?」

「な、なんでそのことを!?!?」

はっ!思わず肯定ととれる受け答えをしてしまった!

「いや、違くて!なんのこと?私、お漏らししたことなんて人生で一度もないけど!?」

今更遅いかもしれないが、目をそらしてシラを切ることにした。
しかし、芹澤 伊月はにやにやして耳元に口を近づけてきた。

「嘘つくんだ?のーのちゃん?」

そして、耳をカプッと噛んできた。
思わず耳に手を当てる。

「〜〜〜〜〜!?!?」
「ははっ。思い出せないなら思い出してよ?せっかく会いに戻ってきたんだからさ。ののに」

そう言って、やっと私を解放した。

「まあ、とにかくこれからよろしくね?」

そして、手を振りながら教室から出て行った。

「な、なんなの…。誰なのよ、一体…」

私はひとり残された教室で呟いた。