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所変わって生徒会室前。
紅の絨毯に包まれた廊下の壁に佇む巨大な扉の前には、新入生の男子生徒が神妙な面持ちで扉を睨んでいた。

(何で俺ここにいるんだろう…)

男子生徒こと、藤堂柳之助(とうどうりゅうのすけ)。彼の嘆きは誰に言うでもなく溜め息として吐かれた。

***

「はっ?……俺が帝東に? 」

今年の一月一日。柳之助は父親から新年の挨拶を聞くなり進路を帝東に変更する気はないかと訪ねられた。
元々都立の地元の高校を志望していたのだが、理由は家庭の経済的状況だ。確かに勉強は昔から飛び抜けて出来た為、学力を見るなら帝東も相応しいだろう。だが学力を求められる帝東など過去の遺物だ。教科書にも載るような歴史もあり、創立当時の志は当時の社会状況や文化に密接に関係するためセンター試験にも出る程の学園だ。
しかし当初の學びの精神などとうに消え失せ、今は金持ちが各界に進出する為のコネや権力作りの場と化している。今の帝東は学力ではなく、権力を求めているのだ。

「……いや、父さん。そもそも俺が地元にした理由だって通学用の電車賃も払えないからだろ?帝東何て…全寮制の金持ち校だぞ?どうしたんだ?正月だからって飲み過ぎた? 」
「おとーさんのみすぎたー!!!」
「いや、俺は一滴も酒を飲んではいないし買ってもいない。なんだ、まぁ先ずは話を聞け。それと真由はもう寝なさい」

家族が集まった狭い居間で炬燵に身を寄せながら柳之助の進路会議をするが、話が突拍子も無さすぎて柳之助は終始唖然とした表情でいた。

「…えーっと、つまり、今年から帝東では学力の高い生徒の学費を無償で受け入れる特別待遇を作ると…しかもその他諸々の出費も無利子で援助すると…その代わり学力でトップを取り続けろと…そして俺にその特別待遇のお声がかかったと…そゆこと?」
「そういうことだ」
「そーゆーことだー!」
「真由ちゃんはもう寝ましょうねぇ」

柳之助の母が妹の真由をあやしながら柳之助の方を見る。

「まぁ、突然こんなことを言われても混乱すると思うわ。確かに良いお話だとは思うのよ?金銭面で助かるのは有り難いし、それに帝東なら良い学習が出来るだろうし。---でもね? 貴方が嫌ならそれで良いのよ? 」

「え? 良いの? 」

「えぇ、だって貴方の未来ですもの。貴方が決めなさい。私たち親は、最大限その手助けをするだけ。最終的に頑張るのは貴方なんだから。なのにどうして私達が決められるのかしら」

母が自身の意見を尊重してくれることを伝えてくれた事が柳之助には堪らなく嬉しかった。
只でさえ苦しい家計だ。この話が実現すれば大いに助かるのは目に見えている。そうすれば正月だというのに酒を買う金すらもない生活もましにはなるだろう。
なのに。
母は、それでも自分の意見を尊重してくれるのだ。
---帝東に行く理由何て、これで十分過ぎる。

「…母さん、父さん。俺、帝東に行くよ」
「…いいの?柳之助」
「うん。少しはさ、親孝行させてよ」

柳之助は満面の笑みを家族とこれからの未来に向けた。

***
そして約三ヶ月後の今。
生徒会室前にいる柳之助は三ヶ月前に見せた笑顔とは正反対の表情をしている。

(いや、覚悟はしていた…していたとも。けど何なんだよこの学校!入学式って普通体育館でやるんじゃないのかよ!何だよ集会用の広間って!体育館で良いだろ!……しかも)

柳之助は懐をガサゴソと漁り、一枚のプリントを眺めた。
そこには、

-----藤堂柳之助様。
入学試験において首席という成績をおさめた貴殿を校則に則り生徒会書記に任命したことをお知らせ致します。

(入学試験一位の奴が生徒会入りする何て聞いてねぇんだけど!?)

くわっと目を見開き、校則が記された冊子を凝視する。そこには確かに入学試験首席の生徒を生徒会書記にすると記載されている。

(出来るだけ穏やかに過ごしたかったんだけどなぁ……まあ生徒会長美人だったしいいか)

そんな、健全な男子高校生らしい理由を胸に腹を据えた柳之助はようやく扉を開けた。

はたしてその扉が明るい未来の扉なのか、はたまた混沌の世界への扉なのかは今の柳之助に知る術はない。