「ねぇ、伊織。キスして」


ボソッと呟くと、少し驚いた顔をされたが直ぐに微笑まれてチュッとリップ音を立ててキスをされた。
いつもと同じキス。


「ほら、マジで遅れるから」
「うん」


頷くがすぐに足が動かない。

出会った頃、伊織は感情が乏しいところがあった。あまり笑わず、冷静な表情が多かった。
今は感情豊かになり、色んな表情をみせる。
だから、騙されそうになるんだ。

伊織の作り笑顔に。

嫌な感情や不安を心の奥底にしまいこんで、また、なかったことにしようとしてる。

そうして、自分を守ってきたのだろう。

でもそれじゃぁダメだ。
伊織の心がダメになる。

作り笑顔の下は、出会った頃の無表情の伊織がいる。

あの頃に戻したくはない。

今はもう、私がいるのだから。