蜂蜜と棘。1


ある日の夜。
もう9時を回り
長い針はそろそろ10の所を
指しかけている。


「パパ、もう仕事に行っちゃうの?」


「うん、また明日帰ってくるよ」


「ねぇ、なんで一緒に遊べないの?
次の日曜日になったら遊べる?」


あたしには、一人の娘がいる。
娘の名前は夏樹。


「仕事が忙しいから、まだむりかな?」
「えー」

「明日パパが帰ってきたら
ぬりえしよう。ね?
昨日買ってきたやつあるだろ?」

「うん、プリキュアのやつー。
パパ明日お仕事お休みなの?」


「休みじゃないけど、
夏樹と遊んでからお仕事行くよ」

「やったー!」


「わかったら、今日はもうお休み。
明日起きれなくなるゾ」

「うん!おやすみなさい!
パパお仕事がんばってね」

ぎゅーと抱きついて
「おやすみなさい!」
と言うと奥の部屋へ行った。



娘は父親と一緒に寝たことがない。
まだ4歳になったばかり。

父親と遊びたい年頃だろうけど
それも出来ない。



なぜなら、彼には「家庭」があるから。
私達とは違う。別の家庭が。

だから、日曜日は
夏樹と遊んだことなんて
一度もなかった。



仕事に行くなんて嘘。
彼は本当の家に帰るだけ。


彼には私と出会う8年前…
出会った頃には既に
結婚して、子供もいた。



それでも、私は
「産みたい」って言ったの。



「家庭も壊す気もないから…」
「結婚する気もないから…」


「でもね、一つだけお願い。
貴方の子供が欲しいの」と。



彼は承諾した。
子供が出来て
陣痛とかきて
何もかも不安になった。


長い長い夜。

さみしくて痛くて死にそうだった。
あなたに会いたかった。

「早く来て、お腹痛いの。
お願い、そばにきて…」

それでも、電話さえかけられない。


携帯だけ握りしめて
必死に耐えた夜。


夏樹とあなたが最初に会ったのは
2週間後の昼間だったね。


(2015/07/09 17:25:10)