短編集 ~一息~

『正直者は夢を見る』

 この世は、得して生きている人間と得しないで生きている人間の二つに分かれる。
 そんなことを聞いたことがある。僕を分別するのなら後者だ。正直者は馬鹿をみる。僕はそんな経験をし続けていた。
 会社方針の改善案を言えば、僕がそれを言わなかったことにされ、上司がさも自分の案だというように説明する。皆が嫌がってしない仕事をすすんでやると、上司がさも自分がやったというように報告する。
 その上司は昇進した。僕は何年も働いているくせに、まともな案も出せないのか。と叱咤された。昇進した上司に伝えた案が自分の案ですとは言えなかった。だって、僕が悪いのだから。あの上司だからと信用して、昇進につながる案を伝えたのがいけなかったんだ。
 僕は正直者。上司に良い案はないかと聞かれて、これはどうですかと話してしまったのだ。 そう、上司は得して生きている人間。僕は得しないで生きている人間なのだ。
 出来ない奴というレッテルを貼られ、今日も僕は帰路につく。遅い食事をして風呂に入ると、すぐに寝る時間だ。恋愛経験もない。だから妻だって、子どもだって当然いない。
 こんな生き方で僕は満足して死ねるのだろうか。そんなネガティブな気持ちになる。駅前まできた時だ。
「そこの方、落し物をしましたよ」
 肩を叩かれるかたちで呼びとめられると、年輩の男性が財布を差し出してきた。
「えっ? これは僕の財布ではないようですが」
「おや、おかしいですね。あなたのポケットから落ちたのが見えたのですが……では、間違って、誰かがあなたのポケットに入れたのかな」
「すみません。では、中身を確認してみます」
 年配の男性から財布を受け取って中を見る。入っていたのは千円札が三枚と千円にも満たない小銭がいくらか。それと、宝くじが十枚入っていた。
「どなたの物かわかる物が、ひとつも入ってませんね。どうしましょうか」
 年配の男性に話しかけながら顔を上げると、そこにいたはずの男性の姿が消えていた。
 周囲を見回すが、彼ではない人がすれ違っていくだけ。手元には、誰のものかわからない財布。僕は悩んだ。警察に届けるべきか、あるいは家に持ち帰るか。
 というのも、宝くじが入っていたからである。当たるまで保管して、その後、警察に届けるのもいいのではないだろうか。そして、僕のポケットから落ちたということを考えると、会社内で紛れこんだという可能性も高い。
「当選発表日は……今日って! 確認しないといけないじゃないか。宝くじの配当金は三億で、金の斧銀の斧宝くじ。聞いたこともない宝くじだな」
 取らぬ狸の皮算用というが、当たった時を想像してみる。そこで、いやいやと首を振った。これは落し物なのだ。何があっても警察に届けなければならない。
 今日発表なら、宝くじ販売店で当たっているのか確認してもらうほうがはやい。近くに宝くじ販売店があることを思い出し、すぐに向かう。
 店員に「確認してください」といって、宝くじを渡すと、彼女はにこりと笑って言った。
「正直者は馬鹿を見るという言葉を知っていますか?」
 突然された質問にドキッとする。まるで、心を見透かされたようで驚いたのだ。つまりは、この宝くじは拾ったものではないかと。そう、店員が詰め寄ってきた気がした。
 僕は正直者だ。僕は得しないで生きている人間なのだ。
「実は、その宝くじは拾ったものなんです。落とし主が誰なのかわからないので、警察に届けずに持ってきてしまいました」
 言ってしまった。当たっているかもしれないのに。嘘をつけばいいのに。
「おめでとうございます。前後賞込みで三億円当選ですね。すぐにこちらの紙面に書かれてある銀行へいって、現金をお受け取りください」
「えっ……」
 驚きで目の前が真っ白になりかけた。一等当選。しかし、それは落し物だ。僕が全額受け取っていいものではない。店員は微笑み続けている。
「けど、それは落し物なので、僕はどうしていいのか……」
「それなので、前後賞込みの一等なんですよ。本来なら当選金額は三百円ですね」
 店員の説明に僕は困惑するしかない。落し物を拾って届けなければいけないのに、前後賞込みで三億円?
「金の斧銀の斧という話をご存じないですか? この宝くじはそれなんですよ。正直ものにだけに当たる宝くじ。それがこの金の斧銀の斧です。うちの社長が考案したんですよ」
 ふと思い出す。財布が落ちたと僕に言ってきた男性は、その社長ではないかと。
 あの時、既に選ばれていたのではないかと。正直者は馬鹿を見る。あの社長ももしかしたら、正直者のせいで損をしてきたのかもしれない。けれど、何らかの転機で成功をつかんだのかも。
「こちらは、注意事項が書かれた小冊子です。正直すぎるあなたのためにも、必ずお読みください」
 小冊子を開いて見ると、何を考え、何をすべきかという内容が書かれていた。
 そう、僕は正直者。正直ものすぎても馬鹿をみるのだ。
 僕は、明日仕事に行った時、正直に宝くじが当たったなどとはいわずに、あの上司とわざと喧嘩して会社を辞めてやろうと思った。