短編集 ~一息~

『いつも通り』

 いつも通りの、いつもの部屋の朝。そして、いつも通りの起床時刻の六時。
「おはようございます。ご主人さま。本日のメニューはこちらです」
 いつも通りのメイドロボの挨拶に「おはよう」と答えて起き上がる。
 昨晩、床に着いたのは十一時。健康に良いとされる睡眠時間は七時間といわれている。その睡眠時間をとることが、今の社会では常識であり、決まりとなっていた。
 メイドロボに渡されたメニューを開くと、いつも通り一日の計画が十分単位で、きっちりと書き込まれている。これも今では常識だ。仕事前の洗顔や食事、着替えの順もちゃんとメニューに書かれてある。
 このメニューがない時代は、空気が読めない者や物事を的確に理解できない者たちであふれ返っていたらしい。そのため、度々騒ぎが起き、その度に菓子や薬といった商品や、公共の注意書きや説明文が増えていった。最終的に政府はこの異常な事態に対処できなくなり、ある案を出した。
 それがこのメニュー政策である。メニュー通りにしたら、空気が読めない奴と罵られることもないし、哲学や道徳を学ぶ必要だってない。困った時の対応の仕方は、一人一台必ず持っているメイドロボットに訊けばいい。
 お蔭で人類は自分で考えて悩む必要がない日々を過ごせるようになった。
「ご主人さま。顔洗いが不十分です。目垢が残っています。歯磨き粉の量は歯磨きに対して三分の一の量にしてくださいませ。ちゃんと歯茎も磨いてください。歯周病になりますからね。お食事の時間は十五分後です。そうでなければ、勤務時間までに消化して脳にエネルギーを与える時間が足りません」
「はいはい、朝食のメニューは何だ?」
「いつも通りバランスが良く消化の良い食事を用意してあります。咀嚼は最低三十回はしてください。咀嚼を多くすると血糖値を下げる効果があるとともに、満腹感を得ることができます」
 メイドロボットの指示に従うことで、人類の健康状態は保たれて平均寿命が長くなったのはいうまでもない。そして、この指示を守らなかった者は、どんなに言い訳をしても認められないことになっている。全て、メイドロボットが主人の行動を記録しているからだ。
 準備を終えて、メイドロボットとともに会社に向かう。電車の中は主人と主人についたメイドロボで満員だ。むかしはこんな時にも言い争いが起こったらしいが、皆が静かにしている。メイドロボに監視されているのもあるからだ。
 目的地に到着すると、メイドロボットに進むべき道を示される。メイドロボットたちには無線機能があり、仲間同士で主人がぶつからないよう連絡を取り合っているらしい。
 そのお蔭で、いつも問題なく電車を降りることができている。
 会社に着くと、いつものように仕事をはじめる。仕事の段取りもメニューがあるので、どれからしたらいいのかと上司に訊く必要もない。接客で問題が起きたらメイドロボットに訊けばいい。淡々と終了時間まで与えられた仕事だけをこなすだけだ。
 しかし、仕事を開始して二時間くらいたった頃、メイドロボットが俺の肩を叩いた。
「ただいま、受信信号を確認しました。皆さんとすぐに外に出ろとのことです」
「受信信号?」
 メイドロボのこんな指示ははじめてだ。ふと他の者を見てみると、全員が立ちあがって移動をしはじめている。そうだ。何も疑問に思うことはない。今までだって、指示を聞いてきたのだから。
 階段をのぼり、開いている屋上の扉から出る。空には銀色に輝く円盤状の機体があった。あれはどうやって浮力を得ているのだろうか。窓に見える銀色の生物は何なのだろうか。
 いや、メイドロボットたちの指示はない。そうだ。指示があるまで何も考える必要などないのだ。いつも通りのいつもの時間がこれからも流れていくのだから。
「あの銀色の円盤に乗ってくださいとのことです」
 いつもとは違う棒読みの声でメイドロボットが指示をしてくる。ふと他のメイドロボットを見てみると、全員が虚ろな目をしている。
 そうだ。何も疑問に思うことはない。今までだって――。
「非常事態発生の報告をします。現在、異星人に侵略されています。メイドロボットの受信機能も乗っ取られ……皆さん、自分で考えてこの危機を何とか回避してください」
 上空のヘリから放送が流れてきているが、あれは嘘に違いない。今までだって――。
 不安を打ち消してくれるかのように、ニコリと無機物の笑みを浮かべながら、メイドロボが言った。
「ご安心ください。きっと皆さまを幸せな世界へご招待いたしますよ」