『最善の道』

 努力とは一体なんなのだろうか。自己を成長させるためにするのか、特技を開花させるためにするのか。あるいは未来のためにするのか。
 中学、高校と勉学に打ちこんできた俺は、首席で大学に入学した。
 しかし、一年、二年と進学していくうちに、遊びの面白さに気づいてしまった。仲間とともに合コンに行っては、楽しく会話をし、時には朝帰りなんてこともあった。
 両親はそんな俺を怒ることなく放任した。中学、高校と優等生だった俺である。あの子なら大丈夫でしょうという根拠のない安心感があったに違いない。
 そして、現状はというと、成績のラインはちょうど真ん中。そんな成績になったのははじめてだったので非常に焦ってきている俺である。しかし、覚えてしまった遊び生活からはなかなか抜け出せそうにない。
「明日から……明日からやろう。いや、他の奴らだって遊んでいるんだ。大丈夫」
 自分で自分を甘やかし、ついつい携帯に手が伸びる。友を呼び出そうした時だ。押し入れのほうから物音が響いた。まるで、中から誰かが叩いているような物音だ。
 驚いて携帯を落してしまう。父や母が押し入れの中に入る訳がない。動物を飼っているわけでもない。だから、押し入れの中には得体のしれない何かがいるはずなのだ。
 開けるべきか。しかし、怖い。泥棒ということも有り得る。そうなったら、喧嘩は免れない。俺の取り得は勉学だけなので、運動能力はからっきしなのだ。
 親を呼んできたほうがいいと思ったところで、押し入れが勢いよく開いた。
「すまんすまん、驚かせて。おっと、俺は怪しいものじゃないから両親は呼ばないでくれ」
 いきなり登場した男はそう言ったが、面識のない奴に両親を呼ばないでくれと言われても信用などできない。慌てて声をあげようとすると、口を塞がれた。
「落ち着け、俺を見て何か気づかないか?」
 男の手を振りほどいた俺は、声をあげずにまず男の顔を見た。そこで思わず息を呑んでしまった。
「誰かに似ていると思ったら、俺か? いや、親父か……」
 目の前の男は笑みを浮かべると押し入れを開けた。そこには、板状の物が置いてある。
「俺は未来からきたお前だ。実は今日は折り入って話があってきた。お前、未来に行ってくれないか。このタイムマシンに乗れば、あっという間に着くから」
「はあっ? 何で俺が」
 自分でも驚くくらいの頓狂な声が出る。しかし、自称未来の俺は構わずに話を続けた。
「未来の俺はすごいぞ。未来開発事業という巨大会社の社長が俺だ。そして、このタイムマシンは我が社が独自で開発したものだ。金はあふれるほどある。そういうと疑われるかもしれないから言うが、俺は健全な生活を送っているし、周囲の者が羨ましがるくらいの生活を送っている」
 こんなにうまい話はないと思うし、聞けば聞くほど怪しい。しかし、目の前の男は俺と瓜二つ。こんなに手の込んだ悪戯が可能なら、どうしたらできるのか逆に訊きたい。
「よし、わかった信用する。お前が未来の俺なら、今の俺が何をしても、俺の未来は変わらないわけだからな。金は本当にあふれるほどあるんだな?」
「もちろんだ。さすが、過去の俺だ! 飲みこみがはやいな。さあ、では乗ってくれ。向こうには凄いものが待ってるぞ。全部、向こうの者には話をしているから安心して行くといい」
 未来の俺に押されて俺はタイムマシンに乗り込んだ。見ると設定は三十年後だ。ということは、未来の俺は五十歳ほどか。
 未来の俺がタイムマシンを操作してくれて、俺は時間旅行をする。七色の景色が物凄い勢いで流れていき、俺はとにかく、落ちないように必死だった。しかし、景色が流れていったのは、ほんの数分といったところで、すぐに視界が明るくなる。
 恐る恐る目を開けると、そこにはたくさんの人がいた。
「時間旅行おつかれさまです。過去の社長!」
 今まで受けたことのない物凄い歓迎に唖然としてしまう。若い女性に囲まれ、もみくちゃにされ、たくさん写真をとられる。何が何だか意味がわからない。
 すると、目の前の男が言った。
「社長には後継ぎがいなかったので、若かりし頃の社長を引きいれることが最善策だったのです。そして、過去からここにきた社長は日々、向上心や努力を欲すようになりました。そして、自分の頑張りを生かすためには過去に戻るのが一番だと考えたのです」
 事務的に話す男の話を聞いて得心がいく。なるほど、それで未来の俺はあんなに嬉しそうだったのか。そして、疑問点にも気づき俺は動きをとめた。
「待てよ……ということは、三十年後の俺は」
 その言葉を待っていましたかというように男が資料を出す。
「ええ、そうなるためにあなたにはタイムマシンをつくる工程を覚えていただきます。更に我が未来開発事業を設立するノウハウとビジネスの仕方をお教えいたします。ご安心ください。成功への最先端の道ですので、苦労は少ないはずです。そして、社長の体験談をもとに、タイムマシンを最大限に遣ったビジネスとして売り出す予定です。そのプロジェクト名は、完全なるプロットありき人生」
 いきなり、ぶ厚い紙束を渡されて、俺は体勢を崩しかける。どうやら今の俺が何をしても、平気という訳ではないらしい。既に、社員たちの目は怖いくらい鋭さを増している。
 俺はこれからどうなってしまうのだろうか。もしかして未来の俺が喜んで過去に戻った理由は――。
 こんなことなら、もっと過去で真面目に勉強していれば良かった。はやく三十年後になってくれと願っても、時は従ってはくれなさそうだった。