短編集 ~一息~

『小さな声1』

 あなたは小さな声を聞いたことがありますか?
 公園や帰り道、そんな身近な場所で彼らはあなたのことをいつも見ています。
 そして、季節ごとに彼らは姿を変えるのです。今日はそんなお話をしましょう。

 我が家は公園の前で自営業をしていました。それなので、私はいつも学校から帰るとランドセルを家に置き、近くの公園で遊んでいました。仕事中の母にも私が見えるので安心だったのです。
 自営業が花屋ということもあり、私は花を見るのが大好きでした。その日は、シロツメクサ、つまり四つ葉のクローバーさがしをしていました。その時です。
「そこは踏んじゃ駄目」
 近くに誰もいないのに、小さな声が足元で聞こえました。すこし驚いて声がした場所を見ると、もっと驚くことがあったのです。
 シロツメクサの花の白い帽子をかぶった、親指よりも小さい女の子がいました。
「お願い。そこには新芽があるの。踏まないようにしてあげて」
 小さな女の子の言うことを聞いて、私はこれ以上強く踏まないようにそっと足をどかします。すると、安心したように女の子は胸を撫でおろしました。
「えっと……あなたは小人さん?」
 恐る恐る訊いた私に、女の子は首を横に振って応えます。
「うううん、私はシロツメクサの精。あなたは私が見えるのね」
「うん、ぼやけているけど見えるよ。新芽、踏んでしまってごめんなさい」
 正直に謝った私に、シロツメクサの精は笑いながら、草を指差しました。
「四つ葉のクローバーならそこにあるわ。人間って不思議。みんな同じシロツメクサなのに、四つ葉だけ持っていくんだもの。だから、四つ葉さん、元気なくてかわいそう」
 シロツメクサの精の言う通り、四つ葉は元気がなさそうでした。
「本当だ……。そうだ。私の家、花屋さんなの。良かったら、この子連れていってもいい? 元気にしてあげてから戻してあげたいの」
 シロツメクサの精は、嬉しそうな顔をしながら私を見て言いました。
「あなた、あの花屋さんの子だったのね。うーん、けど、あなただとこの子を傷つけてしまいそうだから、お母さんにお願いしてもらえないかな。前に私も助けてもらったことがあるから、そう言えばわかってくれるはずよ」
 私は「わかった」と返事をして家に戻ると、母にシロツメクサの精の話をしました。
 すると母は、私の話を聞くと笑顔をうかべ、園芸用の小型シャベルを手にします。
 母の手でシロツメクサは丁寧に、地面から植木鉢へと移動されました。それを見て、シロツメクサの精は飛び跳ねて喜びます。
 もともとは強い花ですから、春から秋の間でだいぶ育ちました。冬は花の休眠期間ですから、シロツメクサの声は聞けませんでした。翌年の春には株分けをした分だけ公園に戻し、残りは植木鉢で育てました。
 それを毎年繰り返したからでしょう。今では四つ葉のクローバーをたくさん見つけることができます。
 そして、私はそのクローバーを毎年、ひとつだけ取ってアルバムにしまうのです。

 公園や帰り道、そんな身近な場所で彼らはあなたのことをいつも見ています。他にもタンポポの精やヒマワリの精やコスモスの精。まだまだたくさんいます。
 小さな頃に見た小さなシロツメクサの精の物語。
 大人になった私には、その声は聞こえなくなってしまいましたが、何となく思います。
 草花の精たちは、あなたと話をしたがっているのだと。だって、身近にいるのですから。
 春がくると、また草花の精たちが忙しそうに駆け回るのかもしれません。