『ブラック企業』
我が社は、一日の労働時間が十時間以上はくだらないという超稼働会社だ。
この業務時間を聞いた者は皆、「酷い」「訴えたほうがいい」と言いそうだが、社員は一切文句を言わずに仕事をしている。
何故、文句を言わないのか? 理由は報酬が良いからだろう。一生を保証してくれるというから安泰だし、社員全員がこれに満足しているのだ。
先日も体を壊した同僚が手厚く看護され、現役時代とも思えるくらいまで回復した。
そして、そんな同僚を持つ私も、ここで働いて二十年目になる。周りで仕事をしているのも、私と同じベテランばかりだ。
そろそろ私の体も限界だろうか。関節の節々が軋むような嫌な音をたてる時がある。
「8627Nさん。十三時間経過したから、今日は交代して」
私は声をかけられて顔を上げた。8627Nが私の社員番号なのだ。ここでは互いに名前では呼ばないのである。
「それでは、お願いします」
一礼して頼むと、すぐに席を立つ。すると、彼女は踵を返した私の肩を叩いた。
「それと、8627Nさん。今日は検査したいそうだから、いつもの場所に行って」
「わかりました」
「私たちも年だしね。何も異常が出ないことを祈るわ。頑張って」
「ありがとうございます。では、失礼します」
頑張ってという言葉に背中を押された気がする。しかし、現実とは非情なものだ。
検査室に入ると、機器を取りつけられる。すると、さまざまな異常が発見された。
「思った以上に酷使している部分があったようだね。右腕のひじ関節の異常と動力部と記憶中枢の三割ほどの機能低下だ」
次々と告げられる異常を聞いて落ちこむ。一年前の検査では、ここまで体にガタがきていなかった。気づかないうちに私の体の限界は、すこしずつ進んでいたのだろう。滴が石を穿つように――。
「右のひじ関節と動力部はいいけど、記憶中枢になるとちょっと問題だね。三割だとギリギリかな。申し訳ない。そのまま右の部屋に入ってくれるかい」
この検査員は、何回社員に謝ったのだろうか。悪い結果が出たので、私も言い訳はできない。言われた通り、右に見えた扉のほうに進んで開ける。
そこには、噂には聞いていたが、一度も見たことがない世界があった。
「次は右腕と右足の付け替え」
「眼球に白濁を確認。眼球の在庫はある?」
「体を子供にしたいという申し込みがありましたが、皆さん、こういった注文は断ってください」
そこは、人間という生物の仕事場だった。私たちより昔から地球には存在していると聞くが、どうやら彼らには寿命があるらしい。何とも不思議な生物だ。その人間が私たちの体の一部を持ちながら、動かなくなった私の同僚たちを治療している。
「8627Nさんですね。検査員から話は聞いています。そのベッドに寝転んでください」
ベッドとはほど遠い作業テーブルのような、冷たそうで固い金属板でできたテーブルを指差される。指示通り寝転ぶと、何本かのコードを取り付けられた。
「記憶中枢の低下ということなので、データを取り出します。全ての記憶はなくならないので、心配しないでください。あと、右のひじ関節と動力部の付け替えを行います。全作業が終了するのは、二時間ほどです。取り外す際、あまり気分は良くないと思うので、機能は停止いたしますね。では、8627Nさん。しばらくの間、おやすみなさい」
機能停止という言葉はここではじめて聞いたが、優しい口調の人間だ。全てを委ねることにする。明日には、またあの仕事場で仲間たちとともに働けるのだろう。仕事場で必要とされるのは、私たちにとっては至極当たり前の喜びなのだ。
徐々に動作機能が低下していくのがわかる。私が目を閉じると、人間が声をあげた。
「8627Nさんは合格しているから、データを移行します。そちらは使えるところだけ抜いて、後はプレスして」
プレスとは何なのだろうか。噂では人間は、私たちが働く場をブラック企業と呼んでいるという。
ブラックとはどういう意味なのだろうか。どこかでガチャンという、何かが潰れた音が聞こえていた。
我が社は、一日の労働時間が十時間以上はくだらないという超稼働会社だ。
この業務時間を聞いた者は皆、「酷い」「訴えたほうがいい」と言いそうだが、社員は一切文句を言わずに仕事をしている。
何故、文句を言わないのか? 理由は報酬が良いからだろう。一生を保証してくれるというから安泰だし、社員全員がこれに満足しているのだ。
先日も体を壊した同僚が手厚く看護され、現役時代とも思えるくらいまで回復した。
そして、そんな同僚を持つ私も、ここで働いて二十年目になる。周りで仕事をしているのも、私と同じベテランばかりだ。
そろそろ私の体も限界だろうか。関節の節々が軋むような嫌な音をたてる時がある。
「8627Nさん。十三時間経過したから、今日は交代して」
私は声をかけられて顔を上げた。8627Nが私の社員番号なのだ。ここでは互いに名前では呼ばないのである。
「それでは、お願いします」
一礼して頼むと、すぐに席を立つ。すると、彼女は踵を返した私の肩を叩いた。
「それと、8627Nさん。今日は検査したいそうだから、いつもの場所に行って」
「わかりました」
「私たちも年だしね。何も異常が出ないことを祈るわ。頑張って」
「ありがとうございます。では、失礼します」
頑張ってという言葉に背中を押された気がする。しかし、現実とは非情なものだ。
検査室に入ると、機器を取りつけられる。すると、さまざまな異常が発見された。
「思った以上に酷使している部分があったようだね。右腕のひじ関節の異常と動力部と記憶中枢の三割ほどの機能低下だ」
次々と告げられる異常を聞いて落ちこむ。一年前の検査では、ここまで体にガタがきていなかった。気づかないうちに私の体の限界は、すこしずつ進んでいたのだろう。滴が石を穿つように――。
「右のひじ関節と動力部はいいけど、記憶中枢になるとちょっと問題だね。三割だとギリギリかな。申し訳ない。そのまま右の部屋に入ってくれるかい」
この検査員は、何回社員に謝ったのだろうか。悪い結果が出たので、私も言い訳はできない。言われた通り、右に見えた扉のほうに進んで開ける。
そこには、噂には聞いていたが、一度も見たことがない世界があった。
「次は右腕と右足の付け替え」
「眼球に白濁を確認。眼球の在庫はある?」
「体を子供にしたいという申し込みがありましたが、皆さん、こういった注文は断ってください」
そこは、人間という生物の仕事場だった。私たちより昔から地球には存在していると聞くが、どうやら彼らには寿命があるらしい。何とも不思議な生物だ。その人間が私たちの体の一部を持ちながら、動かなくなった私の同僚たちを治療している。
「8627Nさんですね。検査員から話は聞いています。そのベッドに寝転んでください」
ベッドとはほど遠い作業テーブルのような、冷たそうで固い金属板でできたテーブルを指差される。指示通り寝転ぶと、何本かのコードを取り付けられた。
「記憶中枢の低下ということなので、データを取り出します。全ての記憶はなくならないので、心配しないでください。あと、右のひじ関節と動力部の付け替えを行います。全作業が終了するのは、二時間ほどです。取り外す際、あまり気分は良くないと思うので、機能は停止いたしますね。では、8627Nさん。しばらくの間、おやすみなさい」
機能停止という言葉はここではじめて聞いたが、優しい口調の人間だ。全てを委ねることにする。明日には、またあの仕事場で仲間たちとともに働けるのだろう。仕事場で必要とされるのは、私たちにとっては至極当たり前の喜びなのだ。
徐々に動作機能が低下していくのがわかる。私が目を閉じると、人間が声をあげた。
「8627Nさんは合格しているから、データを移行します。そちらは使えるところだけ抜いて、後はプレスして」
プレスとは何なのだろうか。噂では人間は、私たちが働く場をブラック企業と呼んでいるという。
ブラックとはどういう意味なのだろうか。どこかでガチャンという、何かが潰れた音が聞こえていた。



