『誰得?』
突然、頼んだ覚えもない小包がきた。
配達人に、差出人は誰かと訊いても、くぐもった声で「私は知りません」と答えるだけ。声から女性とわかったのだが、帽子を目深にかぶっているため表情はうかがえない。
配達人を追究するのも何なのでハンコを押すと、逃げるように帰っていった。接客マナーの一片も感じない背中を見送りながら、小包を見ると「試供品薬」とある。
中には「必ず説明書を読んでからご使用ください」と書いた手紙と、粉末剤が一包だけ手紙に貼りつけられていた。
「口に入れる物で差出人がわからないとなると怖いな。取り敢えず、説明書だけは読んでみるか」
最近、妻の口数が少なく、むかしのような愛想もない。それなので、妻は買い物に出掛けたとわかっていても、つい独り言が出てしまう。
座布団に座り、更に説明書を見ると「この薬を飲んだ方は、別人格になります」と、あった。想像すらしていなかった薬の効果に夢中になって、文面を読み進めていく。
「別人格とは逆ということです。会話をしない方なら流暢に話す方に。本音を隠している方なら、その本音を語りはじめますか……これが本当なら凄い薬だな。そして、やはり使うのは自分ではなく、気になる相手だ」
しかし、手元にあるのは一包だけ。手紙には製薬会社の名前だけで電話も住所も書いていない。つまり、再発注はできない。飲ませる相手が限られるのだ。
やはり妻だろうなと俺は考える。今の妻は口数が少なく、愛想もない妻。その逆ということだから、気さくに何でも話してくれる妻になるはずだ。何と理想的なことだろうか。
「効果が出るのは服用三十分後。効くのは約一時間ですか……そうか、薬だから、ずっと効くわけではないんだな」
残念な気がするが、薬が切っ掛けで妻と話せるようになったら申し分ない。
久方ぶりに妻のためにコーヒーを入れる。買い物から帰ってきた妻に勧めると、「珍しいじゃない。嬉しいわ。ありがとう」という言葉を聞けた。
その後も会話が続く。今日は私の好きな料理をつくってくれるらしい。もう薬が効いたというのだろうか。服用三十分後に効果が出るはずだが――。
その話の途中だった。妻が突然静かになった。目が虚ろになり呼吸も乱れている。そして、長い沈黙の後、妻の口が開いた。
「私って駄目な女よね。だって、あなたに浮気されるんだもの。こんな女、必要ないでしょう。もう離婚しちゃいましょうか。そうしましょう。前から用意していたのよ、離婚届け。けど馬鹿みたい。渡せなかったのよね。未練とかプライドなんて持っちゃってさ」
妻のあまりの変わりようにぞっとするより、冷や汗がどっと出る。妻は知っていたのか。だから、俺に今まであんな対応をしていたのか。怖くなり、はやく薬の効果をなくす方法はないのか、小包を調べる。その奥に一枚の紙が隠れていたのを見つけた。
これが打開策になればと、縋るような想いで文章を読む。
『人格変換した時の記憶は残っています。それなので今の段階では試供品とさせていただいております。ご了承の上で、慎重にお使いください』
更に嫌な汗が出る。俺は妻とこの先、どのように接していけばいいのだろうか。
そして、騒ぎの元となった小包の差出人は書かれてはいない。
突然、頼んだ覚えもない小包がきた。
配達人に、差出人は誰かと訊いても、くぐもった声で「私は知りません」と答えるだけ。声から女性とわかったのだが、帽子を目深にかぶっているため表情はうかがえない。
配達人を追究するのも何なのでハンコを押すと、逃げるように帰っていった。接客マナーの一片も感じない背中を見送りながら、小包を見ると「試供品薬」とある。
中には「必ず説明書を読んでからご使用ください」と書いた手紙と、粉末剤が一包だけ手紙に貼りつけられていた。
「口に入れる物で差出人がわからないとなると怖いな。取り敢えず、説明書だけは読んでみるか」
最近、妻の口数が少なく、むかしのような愛想もない。それなので、妻は買い物に出掛けたとわかっていても、つい独り言が出てしまう。
座布団に座り、更に説明書を見ると「この薬を飲んだ方は、別人格になります」と、あった。想像すらしていなかった薬の効果に夢中になって、文面を読み進めていく。
「別人格とは逆ということです。会話をしない方なら流暢に話す方に。本音を隠している方なら、その本音を語りはじめますか……これが本当なら凄い薬だな。そして、やはり使うのは自分ではなく、気になる相手だ」
しかし、手元にあるのは一包だけ。手紙には製薬会社の名前だけで電話も住所も書いていない。つまり、再発注はできない。飲ませる相手が限られるのだ。
やはり妻だろうなと俺は考える。今の妻は口数が少なく、愛想もない妻。その逆ということだから、気さくに何でも話してくれる妻になるはずだ。何と理想的なことだろうか。
「効果が出るのは服用三十分後。効くのは約一時間ですか……そうか、薬だから、ずっと効くわけではないんだな」
残念な気がするが、薬が切っ掛けで妻と話せるようになったら申し分ない。
久方ぶりに妻のためにコーヒーを入れる。買い物から帰ってきた妻に勧めると、「珍しいじゃない。嬉しいわ。ありがとう」という言葉を聞けた。
その後も会話が続く。今日は私の好きな料理をつくってくれるらしい。もう薬が効いたというのだろうか。服用三十分後に効果が出るはずだが――。
その話の途中だった。妻が突然静かになった。目が虚ろになり呼吸も乱れている。そして、長い沈黙の後、妻の口が開いた。
「私って駄目な女よね。だって、あなたに浮気されるんだもの。こんな女、必要ないでしょう。もう離婚しちゃいましょうか。そうしましょう。前から用意していたのよ、離婚届け。けど馬鹿みたい。渡せなかったのよね。未練とかプライドなんて持っちゃってさ」
妻のあまりの変わりようにぞっとするより、冷や汗がどっと出る。妻は知っていたのか。だから、俺に今まであんな対応をしていたのか。怖くなり、はやく薬の効果をなくす方法はないのか、小包を調べる。その奥に一枚の紙が隠れていたのを見つけた。
これが打開策になればと、縋るような想いで文章を読む。
『人格変換した時の記憶は残っています。それなので今の段階では試供品とさせていただいております。ご了承の上で、慎重にお使いください』
更に嫌な汗が出る。俺は妻とこの先、どのように接していけばいいのだろうか。
そして、騒ぎの元となった小包の差出人は書かれてはいない。



