『憧れの姿』
閑静な住宅街の昼時。ある家に呼び鈴の音が鳴り響いていた。
この家に住んでいるのは四人家族。両親は共働きで仕事に出ている。ふたりの子供は学校なので留守だ。犬は飼っていない。防犯センサーもない。
呼び鈴を鳴らして、留守を再確認した男は笑みを浮かべた。下調べ通りだ。ここは入りやすい家だと更に確信をもった。様子をうかがいながら裏手に回って庭に入る。人通りはほとんどなく、塀も高いので、誰の目にも触れない。
音を立てないよう慎重に窓を割り、そこから中に侵入していた。
目星をつけていた居間に行くと、棚の引き出しをひいてみる。そこには預金通帳と印鑑が入っていた。しかし、男はこれには目もくれず、万札が数枚入った長財布を見つけると懐に詰めこんだ。
へたな欲は出さない。必要な分だけ盗む。それが、今まで泥棒をし続けていながらも、警察にマークされていない男の徹底した仕事のやり方だった。
暴走族として若い頃、警察に捕まることなくバイクを乗りまわしていたこともある。男はバイクに乗った日から、まともな生活をおくってきてはいなかった。
常に視線を気にして陰に隠れ、緊張して汗をかく。いつ警察が玄関の扉を叩き、自分の身柄を確保しにくるのかと不安になる。が、それも年月が経つと日常化していった。
男の夢は、いつか世間に名を知らしめることだった。しかし、泥棒などしていて実現するだろうか。おそらく、捕まってニュースに出ることしかないのだろう。それは望まない悪名での名売りだ。叶わない夢を胸に、男は今日も他者が汗水流して得た金を手にする。
一階の物色を終えると、今度は二階に向かい扉を開ける。その時だ。男の視界に机の上に置いてあるスプレー缶が飛びこんできた。子供が趣味でやっているのであろう。プラモデル用の塗料のようだった。
「懐かしいな。むかしはこれでよく壁に絵を描いたもんだ。俺が一番、うまかったっけ」
自画自賛だけというわけではなく、仲間たちからも称賛されていた。暴走族の仲間は社会人になると、ひとり、またひとりと抜けていった。あの頃の仲間は、今、何をしているのだろうか。思いを馳せ、息を吐く。
「そうだ。世間に注目される方法を思いついたぞ」
男は、いくつかのスプレー缶を手にすると部屋の壁に目をつけた。そして、スプレー片手に、そこに絵を描きはじめた。
怪盗や大泥棒を名乗る男が、自分が盗んだという証のカードを置いていく。そんなアニメを見て興奮したことを思い出した。そんな憧れの者の姿を自分に投影しながら描く。数十分後には渾身の力作が仕上がった。
「俺は泥棒画家だ。そして、こんなことをするのは世界に誰ひとりとしていないだろう。この絵が明日のニュースに出るのが楽しみだ」
男は盗んだ財布を手にすると、入った窓から外に出て、そのまま次の仕事場を探しに歩きはじめた。
翌日。盗んだ金を手に男は出掛けようとしていた。昨日は、いつもより稼ぎがよかったので、賭け事をしてみようかという欲も出ている。
その時、玄関の呼び鈴が鳴った。音に驚いて冷や汗が出る。盗みに入ったのは昨日のことなので、嫌でも悪い想像がちらつく。
――もしかして警察がきたのでは? いや、俺がしたという証拠は何もないはすだ。
自分に言い聞かせはしたものの、男は覗き穴から外の様子をうかがう。そこで男は目を疑った。懐かしい顔があったのだ。いつも背中を追って走っていた憧れの暴走族のリーダーが立っていた。
思いがけない再会に鍵を開ける。仲間はどうしたのだろうかという想いが、神に届いたのかもしれない。
「お久しぶりです。よく家がわかりましたね。これから食事でもどうですか」
扉を開け、盗んだ財布片手に言う。しかし、リーダーの隣には見知らぬ男がいた。
「その財布。盗難品で間違いなさそうだな。署まで同行願おうか」
思いがけない宣告に、男は驚いてリーダーを見る。リーダーは深い息を吐くと口を開いた。
「あの絵を見てすぐにわかったよ。お前の絵だと。あの絵を描けるのは、お前ひとりだけだからな。しかしなんだ。刑事になってはじめての手柄を与えてくれたのがお前とは、皮肉なものだな。その才能、違うところで使えばよかったのに」
慌てて逃げようとした男だが、憧れだった暴走族のリーダーの腕力に敵うわけもなく、簡単に取り押さえられてしまっていた。
閑静な住宅街の昼時。ある家に呼び鈴の音が鳴り響いていた。
この家に住んでいるのは四人家族。両親は共働きで仕事に出ている。ふたりの子供は学校なので留守だ。犬は飼っていない。防犯センサーもない。
呼び鈴を鳴らして、留守を再確認した男は笑みを浮かべた。下調べ通りだ。ここは入りやすい家だと更に確信をもった。様子をうかがいながら裏手に回って庭に入る。人通りはほとんどなく、塀も高いので、誰の目にも触れない。
音を立てないよう慎重に窓を割り、そこから中に侵入していた。
目星をつけていた居間に行くと、棚の引き出しをひいてみる。そこには預金通帳と印鑑が入っていた。しかし、男はこれには目もくれず、万札が数枚入った長財布を見つけると懐に詰めこんだ。
へたな欲は出さない。必要な分だけ盗む。それが、今まで泥棒をし続けていながらも、警察にマークされていない男の徹底した仕事のやり方だった。
暴走族として若い頃、警察に捕まることなくバイクを乗りまわしていたこともある。男はバイクに乗った日から、まともな生活をおくってきてはいなかった。
常に視線を気にして陰に隠れ、緊張して汗をかく。いつ警察が玄関の扉を叩き、自分の身柄を確保しにくるのかと不安になる。が、それも年月が経つと日常化していった。
男の夢は、いつか世間に名を知らしめることだった。しかし、泥棒などしていて実現するだろうか。おそらく、捕まってニュースに出ることしかないのだろう。それは望まない悪名での名売りだ。叶わない夢を胸に、男は今日も他者が汗水流して得た金を手にする。
一階の物色を終えると、今度は二階に向かい扉を開ける。その時だ。男の視界に机の上に置いてあるスプレー缶が飛びこんできた。子供が趣味でやっているのであろう。プラモデル用の塗料のようだった。
「懐かしいな。むかしはこれでよく壁に絵を描いたもんだ。俺が一番、うまかったっけ」
自画自賛だけというわけではなく、仲間たちからも称賛されていた。暴走族の仲間は社会人になると、ひとり、またひとりと抜けていった。あの頃の仲間は、今、何をしているのだろうか。思いを馳せ、息を吐く。
「そうだ。世間に注目される方法を思いついたぞ」
男は、いくつかのスプレー缶を手にすると部屋の壁に目をつけた。そして、スプレー片手に、そこに絵を描きはじめた。
怪盗や大泥棒を名乗る男が、自分が盗んだという証のカードを置いていく。そんなアニメを見て興奮したことを思い出した。そんな憧れの者の姿を自分に投影しながら描く。数十分後には渾身の力作が仕上がった。
「俺は泥棒画家だ。そして、こんなことをするのは世界に誰ひとりとしていないだろう。この絵が明日のニュースに出るのが楽しみだ」
男は盗んだ財布を手にすると、入った窓から外に出て、そのまま次の仕事場を探しに歩きはじめた。
翌日。盗んだ金を手に男は出掛けようとしていた。昨日は、いつもより稼ぎがよかったので、賭け事をしてみようかという欲も出ている。
その時、玄関の呼び鈴が鳴った。音に驚いて冷や汗が出る。盗みに入ったのは昨日のことなので、嫌でも悪い想像がちらつく。
――もしかして警察がきたのでは? いや、俺がしたという証拠は何もないはすだ。
自分に言い聞かせはしたものの、男は覗き穴から外の様子をうかがう。そこで男は目を疑った。懐かしい顔があったのだ。いつも背中を追って走っていた憧れの暴走族のリーダーが立っていた。
思いがけない再会に鍵を開ける。仲間はどうしたのだろうかという想いが、神に届いたのかもしれない。
「お久しぶりです。よく家がわかりましたね。これから食事でもどうですか」
扉を開け、盗んだ財布片手に言う。しかし、リーダーの隣には見知らぬ男がいた。
「その財布。盗難品で間違いなさそうだな。署まで同行願おうか」
思いがけない宣告に、男は驚いてリーダーを見る。リーダーは深い息を吐くと口を開いた。
「あの絵を見てすぐにわかったよ。お前の絵だと。あの絵を描けるのは、お前ひとりだけだからな。しかしなんだ。刑事になってはじめての手柄を与えてくれたのがお前とは、皮肉なものだな。その才能、違うところで使えばよかったのに」
慌てて逃げようとした男だが、憧れだった暴走族のリーダーの腕力に敵うわけもなく、簡単に取り押さえられてしまっていた。



