短編集 ~一息~

『御守りの役目』

 親友から土産をもらった。旅行先で寄った神社の御守りらしい。
 あげた御守りに御利益がつくのかわからないが、お前にぴったりの物だったからと言われたので、ありがたく受け取った。
 親友からもらった物だし、御守りということもあり、肌身離さず身につけることにする。夜は枕元のちかくに置いて、眠りについた。
 そのためなのだろうか。その日は妙な夢を見た。他界した飼い犬の夢だ。
 犬種はゴールデンレトリバー。手がかかる奴で、躾には凄く苦労した。散歩で強く綱を引っ張られる度に、何故、小型犬を飼わなかったのだろうと後悔したことも多かった。
 それでも年をとるうちに徐々に落ち着き、近所の人に「変ったね」「いい子になったね」と言われるまでになった。そう、ゴールデンリトリバーは賢さも忠誠心も上位にあげられる犬種だ。愛情をそそぎ、しっかり育てたら、良犬になるのだ。
 近所に泥棒が入った時、我が家のまわりが平気だったのは、あの日吠えていたからなのでは? そんなことも言われたりと、自慢の犬になってくれた。
 しかし、最後には、激しいほどの後悔を残こすこととなった。外で飼っていたため、死に目にあうことができなかったのだ。最期は玄関先で眠るように逝っていた。まるで最期まで、番犬の務めを果たすかのように――。
 そんな夢を見て起きて、時計を見ると、いつもより早い時間だ。奇しくも起きた時刻は、朝の散歩に連れて行っていた時間だった。
 朝は母の世間話も耳に入ることはなく、飼い犬を思い出しながらの食事となった。
 学校に行く準備をし、いつもの時間に電車に乗る。御守りをくれた親友とは、いつも駅で一緒になる。その日も親友は、いつものベンチで携帯をいじっていた。
「おはよう。元気なさそうだけど、どうした?」
 長年付き合っている親友だ。すぐに察してしまわれたらしい。
「むかし飼っていた犬の夢を見てさ。何で忘れていたのに夢を見たんだろう。おかしいよな」
「へえ、愛犬の夢ね。それって……いや、何でもない」
 何か言いかけようとした親友が、そこでとめる。気になって聞き返すと、「いや、今はまだ話さないよ。そのうちにね」という妙な答えをもらった。
 その時だ。服の袖をひっぱられた感触があった。まるで子供が袖を引っ張るかのような軽い感触だ。
「今、俺の袖、引っ張った?」
「いや、引っ張ってないけど」
 それもそのはず。引っ張られた側は壁なので、誰かが袖を引っ張れるはずがない。親友の悪戯かと思ったのだが、そうでもなさそうだ。満員電車の中での奇妙な出来事を体験しながら、目的地まで揺られる。そして、俺が袖の話をした後、親友は口を閉ざし、表情には何故か当惑が見え隠れしていた。
 学校がある駅に到着すると、電車を降りようとする。その時だ。何かが足元にいる感触がして、俺は驚いた。同時に何かの音。それは、犬が固い床を歩いた時に響く、爪が当たった音に似ていた。
 一体、何が進路を遮ったのだろうか。悩んでいても仕方ないので前に行こうとする。
 その途端、目の前の人たちが将棋倒しになっていた。奥の人が慌てて降りようとしたために起きた事故だった。
 もうすこしはやく前に出ていたら? 俺も巻き込まれていたのかもしれない。
 騒ぎを聞きつけてきた駅員が誘導と乗客の安否確認をしているのを後にして、俺たちは学校へと向かった。
「あのさ。飼っていた犬の名前って、アッシュだっけ?」
 校門まで来て、ようやく親友が口を開いた。
「ああ、アッシュだよ。世話がやける犬だったけど、留守番だけはしっかりしていたな」
「俺が渡した御守りって、今も持っているのか?」
「持っているけど。肌身離さず持っていないと、御守りじゃないだろ」
「じゃあ、そのせいかな。アッシュの夢を見たのも、引っ張られたのも、事故に巻きこまれなかったのも」
 親友が、俺が出した御守りを見ながら、話を続けた。
「その御守りさ、犬を祭っている神社で買ったんだ。山中で大蛇に襲われた猟師を、身を犠牲にして守った犬の伝説がある神社でさ。だから、偶然じゃないのかなと思って」
 親友に言われて胸が熱くなる。俺が夢を見たのは偶然じゃなかったのかもしれない。そう考えて、親友も言葉すくなくなっていたのだろう。
 飼い主を守る義犬の話か――。
 人には守護霊がついているという。そして、その力は感謝すればするほど強くなるとか。
 飼い犬の守護霊なんてと思うが、動物霊の力は人間の比ではないというし、守ってくれたのはアッシュなのかもしれない。
 そして、守ってくれていたことに、俺は気づいていなかったのかも。握った御守りが、何故かすこし温かく感じた。