『死神がきた2』
三連休の初日。俺はバスに乗りこんだ。行き先は登山ルートの入り口。
秋には紅葉が奇麗で、冬には玄人のスキー客も好んで訪れるスキー場の近くだ。
周囲の人たち全員が幸せそうに見えるのは、俺の心が病んでいるからだろう。小さなリュックサックは登山客の持つそれとは違うし、服装も山用のものではない。
今の俺には必要ないのだ。生きる糧、楽しみの糧となる者は未練が残ってしまうので、手もとにはないほうがいい。
数年前、投資に失敗した。妻子も俺のもとを去り、信じていた親友も腫れものに触るのは嫌だとでも言うように逃げていった。俺の周りには俺を心の底から支えてくれる者はいなかったのだ。
彼らが必要であったのは、俺からの利益だけ。利益が得られないと知ったら、今までの恩を返す価値はなしと見たのだろう。
人間の悪い部分を知り、愕然とした。それは高く評価していた親友にまで裏切られたというのもあったのかもしれない。
俺は親友の事業の話にのって投資していたのだ。それが私利私欲のための仲間集めでもあり、資金集めでもあったと知った時は、既に手遅れの状態だった。
手元に残ったのは親友の裏切りという事実と、何故、あんな者を信じてしまったのかという過去の自分への怒りだった。
ただ、今はどうしようもない。怒りは悩みを完全に解消させるものではないからだ。
最後に私が選んだのが、死だった。
バスが目的地に到着すると、俺は軽い荷物を持って降り、登山ルートを逸れ、道なき道を進んでいった。死に場所を探すつもりだった。それが――。
「はじめまして。そして、現世にさようなら。私は死に神です。本日は、あなたと話をしに参上いたしました」
俺の頭上から爽やかな香りを漂わせる優男が姿を見せた。
飛んでいる! と、叫ぶより先に自称、死に神の男が話しはじめる。
「まず、本当に死に神か? という問いは受けつけておりません。もう聞き飽きていまして。そして、死に神は命を刈り取るものではありません。これは重要事項でして。あの世は現在、あふれ返っておりまして、順番待ちの状態となっております。そこで、まだ死ぬにははやい年齢の方に、もれなく生存チャンスを与えているのです。つまり我々、死に神が参上するわけです」
その説明に唖然としてしまう。
生存チャンスだって? そんなもの、この期に及んで必要ない。余計なお世話だ。
「本日午後三時に、あなたはバスを降ります。その後、そこの木に、そのかばんの中にあるビニールテープで輪を作って首を吊って死にます。これを回避してほしいのです」
「おい、ふざけているのか? 今は誰とも話したくない。ひとりにしてくれ」
「それは困ります。あなたをひとりにしたら首を吊ってしまうでしょうから。それに、説明した通り、あの世はあふれ返っておりまして。私どもとしては安易に命を捨てられると、後処理に困ってしまうのです」
後処理と聞いて背筋に悪寒がはしる。この自称、死に神は何を言っているんだ?
「魂を破砕しなくてはいけないのですよ。これが手間のかかる作業でして。破砕の方法は企業秘密なので詳細にはできないのですが、破砕したかけらのひとつひとつが痛い苦しいと騒ぐものでね。圧熱庫に入れて処理するのですが、これまた時間がかかりまして困るのです。何というか、途中で人生を投げてしまった魂は、こうしてやらないことには同じことを繰り返すそうで……どうしました? 顔が青いですよ」
それは本当なのかと訊きたくなるが、何故か、この男のいうことは信用に値する。
眼前で浮遊されてしまえば、この怪奇な出会いも真実と受けとめざるを得ないからだ。
「どうしたらいいんだ。俺は……どうしたら……」
もはや、うわ言のように呟くしかない。そんな俺に死に神は言った。
「こちらの書類に、自ら危険を回避したという証明のハンコをお願いいたします。それと、我々はいつでも即戦力を欲しております。この履歴書に学歴と職歴を書いていただけると幸いです。死に神としての就職していただけると、こちらとしては願ったり叶ったりですので。あっ、ついでに言うと週休一日の十八時間労働となります。労働時間は長いですが大丈夫。死に神は疲れを知らないのですよ」
三連休の初日。俺はバスに乗りこんだ。行き先は登山ルートの入り口。
秋には紅葉が奇麗で、冬には玄人のスキー客も好んで訪れるスキー場の近くだ。
周囲の人たち全員が幸せそうに見えるのは、俺の心が病んでいるからだろう。小さなリュックサックは登山客の持つそれとは違うし、服装も山用のものではない。
今の俺には必要ないのだ。生きる糧、楽しみの糧となる者は未練が残ってしまうので、手もとにはないほうがいい。
数年前、投資に失敗した。妻子も俺のもとを去り、信じていた親友も腫れものに触るのは嫌だとでも言うように逃げていった。俺の周りには俺を心の底から支えてくれる者はいなかったのだ。
彼らが必要であったのは、俺からの利益だけ。利益が得られないと知ったら、今までの恩を返す価値はなしと見たのだろう。
人間の悪い部分を知り、愕然とした。それは高く評価していた親友にまで裏切られたというのもあったのかもしれない。
俺は親友の事業の話にのって投資していたのだ。それが私利私欲のための仲間集めでもあり、資金集めでもあったと知った時は、既に手遅れの状態だった。
手元に残ったのは親友の裏切りという事実と、何故、あんな者を信じてしまったのかという過去の自分への怒りだった。
ただ、今はどうしようもない。怒りは悩みを完全に解消させるものではないからだ。
最後に私が選んだのが、死だった。
バスが目的地に到着すると、俺は軽い荷物を持って降り、登山ルートを逸れ、道なき道を進んでいった。死に場所を探すつもりだった。それが――。
「はじめまして。そして、現世にさようなら。私は死に神です。本日は、あなたと話をしに参上いたしました」
俺の頭上から爽やかな香りを漂わせる優男が姿を見せた。
飛んでいる! と、叫ぶより先に自称、死に神の男が話しはじめる。
「まず、本当に死に神か? という問いは受けつけておりません。もう聞き飽きていまして。そして、死に神は命を刈り取るものではありません。これは重要事項でして。あの世は現在、あふれ返っておりまして、順番待ちの状態となっております。そこで、まだ死ぬにははやい年齢の方に、もれなく生存チャンスを与えているのです。つまり我々、死に神が参上するわけです」
その説明に唖然としてしまう。
生存チャンスだって? そんなもの、この期に及んで必要ない。余計なお世話だ。
「本日午後三時に、あなたはバスを降ります。その後、そこの木に、そのかばんの中にあるビニールテープで輪を作って首を吊って死にます。これを回避してほしいのです」
「おい、ふざけているのか? 今は誰とも話したくない。ひとりにしてくれ」
「それは困ります。あなたをひとりにしたら首を吊ってしまうでしょうから。それに、説明した通り、あの世はあふれ返っておりまして。私どもとしては安易に命を捨てられると、後処理に困ってしまうのです」
後処理と聞いて背筋に悪寒がはしる。この自称、死に神は何を言っているんだ?
「魂を破砕しなくてはいけないのですよ。これが手間のかかる作業でして。破砕の方法は企業秘密なので詳細にはできないのですが、破砕したかけらのひとつひとつが痛い苦しいと騒ぐものでね。圧熱庫に入れて処理するのですが、これまた時間がかかりまして困るのです。何というか、途中で人生を投げてしまった魂は、こうしてやらないことには同じことを繰り返すそうで……どうしました? 顔が青いですよ」
それは本当なのかと訊きたくなるが、何故か、この男のいうことは信用に値する。
眼前で浮遊されてしまえば、この怪奇な出会いも真実と受けとめざるを得ないからだ。
「どうしたらいいんだ。俺は……どうしたら……」
もはや、うわ言のように呟くしかない。そんな俺に死に神は言った。
「こちらの書類に、自ら危険を回避したという証明のハンコをお願いいたします。それと、我々はいつでも即戦力を欲しております。この履歴書に学歴と職歴を書いていただけると幸いです。死に神としての就職していただけると、こちらとしては願ったり叶ったりですので。あっ、ついでに言うと週休一日の十八時間労働となります。労働時間は長いですが大丈夫。死に神は疲れを知らないのですよ」



