『足りないもの』

 国内で学力最高といわれる大学に俺は入学志願した。価値観も広く、こんな俺でも受け入れてくれるだろうと思ったためだ。
 ところが思い虚しく、怪訝そうな視線をあてられることとなってしまった。
 俺を前にしているのにも構わず、大学教授たちが議論にはいる。
「まさか、こんな入学希望者がくるとはね。学力は首席並みで申し分ない。しかし、受け入れる我々の立場としてはどうなのだろうか」
「立場よりも環境でしょう。受け入れたら校内に衝撃がはしることは確実です」
「全ての者が共通に扱われるべきだとは思うのですが……彼は研究所からも推薦されている、優秀な人物だそうですね」
 聞きながら、ここでもそうなのかと頭が痛くなる。ただ、そこで黙っている俺ではない。
「貴校に、ご迷惑をかけるような真似はいたしません。まだまだ至らない点もあるとは思いますが、自身の力でできる限り、他の生徒さまの勉学にも影響がでないよう努めるつもりです」
 出来る限りのことは言った。感情を表に出さない。丁寧かつ柔らかい口調にした。
 俺の発言に教授たちが目を丸くする。教授たちの前で、まともに発言したのははじめだから、驚かれるのも無理もない。
 今まで俺を見てきた大人は全員上から目線。俺を子供扱いして、しかも見下しながら話すのだ。それが嫌で嫌で仕方がなかったのだが、ここでもこのような反応があるとは。残念であるとともに、すこし落ちこんでしまったというのがある。
「いや、問題なのは君の姿勢ではなく、足りない部分なのですよ。学力ではない。気持ちでもない。言い難いことですが、お若いので悩んでいるのです」
「確かに、私は大学生の年齢には満たない年です。けれど、目標や志を持ち、道徳は理解しているつもりです。それでも無理ですか……」
 教授たちが腕組みをして、返答に困ったかのような唸り声を出す。
 すぐに回答が得られるとは俺も思ってはいない。それに、教授たちの気持ちも徐々に傾きかけているようだ。ここは、焦らずじっくりと交渉すべきと感じた。
 腰を据えて待つことにするが、緊張すると口元が寂しくなってくる欠点が俺にはある。しかし、これは欠点ではないと周囲の者は教えてくれている。君の年のせいだよと。
 教授たちが更に議論しようとした時、扉が勢いよく開いた。
「申し訳ありません。うちの子が、大変ご迷惑をおかけしました」
 部屋に飛びこんできたのは俺が世話になっている研究者だ。「うちの子」だとは、また子供扱いかと思って溜め息が出る。
「最近、反抗期なのか勝手な行動をよくとる傾向がありまして。ほら、困っているだろう。ちゃんと謝りなさい」
 頭をつかまれて無理やり頭を下げさせられる。それに必死に抵抗していると、目の前の教授が言った。
「いえ、電話で自分は研究所で知能研究されたものですとの連絡はしていただいていたのですが、まさか赤ん坊がくるとはね。ただ足りないのは年齢ですし、悩みました。その気持ちを我が校の生徒にも見習ってほしいところです。実は、年は足りているのに道徳が足りない者が多いので困っているところなんです」