短編集 ~一息~

『習性』

 ある都市の一角に、見世物小屋と書かれた看板がかけられた建物があった。
 現代では数少ない出し物に、誰もが興味を示して並んだ。並ぶ人数は一人二人と増えていき、行列はいつの間にか街の名物になっていた。
 中で披露されている演目は、猿の腹話術。
 腹話術をしているのは猿で、手にした人形と掛け合い漫才を披露するというものだった。特に「お猿さんが可愛い」と子供には評判で笑いも絶えなかった。
 ところが、客のひとりがこの技を酷評した。
「録音された声にあわせて、猿が人形の口を動かしているだけだろう」と、言い放ったのだ。しかも、酷評したのが名の売れた批評家だっただけに、客の反応は敏感だった。
 見世物小屋の客足が激減した一週間後。新たな演目が披露された。
 今度は猿が漫談を披露するというものだった。舞台上を縦横無尽に動き回りながら、世相を反映した笑いを連発する。
 子供には「お猿さんが可愛い」と評判で、大人には漫談の評価が高かった。見世物小屋に笑いの空間が復活した。
 ところが、客のひとりがこの技を酷評した。
「録音された声にあわせて、猿が動いているだけだろう」と、言い放ったのだ。しかも、酷評したのがまた名の売れた批評家だっただけに、客の反応は敏感だった。
 見世物小屋の客足が激減した一週間後。新たな演目が披露された。
 今度は猿と飼い主である人間が、漫才を披露するというものだった。漫才といっても、前とは違って猿は話さない。漫談をする飼い主がボケたところで、猿が絶妙な蹴りを入れるというものだった。
 これは高い評価を得た。評論家も何も言えなかった。伝統芸能の猿回しに近いと言われて黙ってしまったのだ。動物愛護団体も何も言えなかった。
 とにかく猿がその場を離れたがらないのだ。こんな反応をするのなら、きっと飼い主も深い愛情をもって育てているのだろう。みなが納得して芸を楽しんだ。

 ひとつの演目が終わると一時間の休憩が入る。客の入れ替えと、猿と飼い主の休憩時間も兼ねているのだ。
 楽屋の中にいるのは、猿と飼い主だけだ。猿は湯のみを手にするとあぐらをかいた。
「人間ってのは、こうも疑い深い生き物なのかね。目の前にある真実からも目を逸らすばかりで、本質も見えていないようだ」
 言いながら猿は茶を飲むと、飼い主を一瞥した。飼い主は差し出された猿の腕を取ってマッサージをはじめる。そして、猿の話に続いた。
「進化した猿の姿を見せたかったのに、これでは意味がないな。真実を語るには、あと何十年必要なのだろうか……」
 飼い主の言葉を横に、猿は棚から一冊の本を取り出した。
「何十年ですむのか? 未だに信じていない人間がいるというのに」
 猿の手にあるのは『ダーウィンの進化論を説く』というタイトルの本だ。猿は重い息を吐いて最後にこう説いた。
「偉人を信じないとは人間はどうかしているよ。俺たちはリーダーに従う習性だというのにな。どこでどう概念は進化したんだ?」