『地中には』

 とある地域に区画整理の話があがり、住民の土地が削り取られることになった。
 当然、街の景観のためにという役所側と、慣れ親しんだ土地を渡すわけにはいかないと主張する住民との間で争いがはじまった。
 役所側は「代わりの土地を用意する。削り取った土地は買う予定で、決して住民に損はさせない」という公約片手に説明会を申し出た。
 その申し出に応え、ほぼ全員の住民たちが説明会に足を運んだが、過疎地帯であるために集まったのは老人ばかり。
 住民代表として役所側と真っ向勝負を挑んだのも、齢八十になる老父だった。
「わしらはこの土地に慣れ親しんできた。それこそ骨を埋める覚悟でな! あんたたちの思い通りには絶対にさせん!」
 住民代表の老父に同意して、他の者たちも「そうだ」「そうだ」と次々に続く。
 ところが、一か月二か月と経つうちに、一件二件と引っ越していって、最終的に三年後には、住民代表として争っていた老父だけの家が残っていた。
 老父の家だけが残ったとすれば、そこは道路の真ん中に位置する。
 さすがにこれには老父も恐怖を覚えたのか、移転許可の書類にしぶしぶサインした。
 その時から、老父が妙な行動をとりはじめた。深夜になるとスコップ片手に庭に出る。
 そして、辺りが白みはじめるまで延々と土を掘り続けるのだ。
 まず、近所の男が呟いた。
「そういえば、あそこの家のばあさん。しばらく見てないよな……」
 そんな噂が、想像から疑いへと変わり。ついには老父の家に二人の刑事が訪れた。
 刑事に警察手帳を提示された老父は、「何だ?」と不機嫌そうに訊いた。
「では、率直に質問します。深夜、庭を掘り返しているそうですね? 何をお探しですか?」
 刑事の言葉を聞いた途端、老父は首を横に振りながら「何も隠してない」と告げる。子供の言い訳のようで必死だった。
「では、何か隠しているということだ……」
 事件性があると睨んだ刑事たちが、庭のほうへと足を向ける。老父は立ちはだかるが、若い刑事二人だ。かなう相手ではない。
 現場に足を踏み入れた刑事は、大きく掘られた穴の中にある棺桶のような入れ物を見た。
 中身が何か……近所の住民が証言をしているものに違いない。
 刑事二人はそう予測をつけると、後ろで「やめてくれ」と叫ぶ老父を無視して、入れ物をこじ開けた。
 すると同時に、家の窓が開いたかと思うと、老婆が「やめて!」と悲痛な叫びをあげた。
 刑事たちは顔を見合わせた。入れ物の中にいるはずの老婆が、なぜここに――。
 彼らが入れ物の中に何があるのか訊く前に、老父が涙を流しながら叫んだ。
「お願いじゃ、ようやく発見できたタイムカプセル! わしと婆さん合作の官能小説だけは読まんでくれえ!」
 予想外の入れ物の中身を聞いて刑事二人が目を合わせる。
 そして、「捨てられるかもしれん……」と号泣する老父とは対照的に、窓から顔を覗かせていた老婆は顔を紅潮させた。