朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~

「ちょっと待ってて・・・
 あ・・でも・・・

 あ・・えっと・・・

 ・・・上がる?」

マンションの前に着いたとき,
朔は何げなくそう告げた。

「あ・・・え・・・
 ・・・っと・・・・
 いい・・の?」

「あ・・・いや・・
 あの・・・お・・・
 お茶・・・でも・・。

 あ・・・でも
 散らかってるけど・・・。」

「あ・・・じゃあ・・・
 お言葉に・・
 甘えて・・・。」

「・・・あ・・うん。」

由宇をおぶったまま
朔はエレベーターのボタンを
そっと押した。

「もう・・・ちょっと・・
 片づけといたら
 よかったかな・・・。」

エレベーターを降りて
すぐの扉の前で
朔は告げた。

「ごめん,陽和。
 鍵・・・開けて。」

朔は陽和にそっと
鍵を渡した。

鍵を開けて扉を開くと
中はとてもシンプルな部屋だった。

「あ・・・どうぞ・・
 入って。」

「あ・・・うん。」

いかにも男性の部屋という
シンプルな色遣いに交じって
由宇のおもちゃが置いてある。

陽和は初めてきた男性の部屋に
落ち着かない様子で
きょろきょろしていた。

「あ・・えっと・・
 とりあえず・・ここに
 座ってて。」

「あ・・うん。」

由宇もいるから・・と
思って,少し気軽に
部屋に来てしまったことに
陽和は少し後悔していた。

 ・・・思った以上に・・
 緊張する・・。

陽和はわかっていた。
朔は,由宇を寝かせたら
すぐに自分を送って
行こうとしていることを。

それでも・・・
陽和にとっては・・・
朔の部屋に入ってしまったことは
大きな出来事だった。

自分を恋人として認めて
くれているうれしさ,
全てをさらけ出してくれている
うれしさ・・・

それとともに
この部屋でこれから朔や由宇と
紡いでいく時間を考えると
気が引き締まる思いだった。


「ごめん,コーヒーでいい?」

由宇を寝かせた朔は
陽和が座っている
ダイニングに戻ってきた。

「あ・・・ありがとう。
 でも・・由宇ちゃんいるし,
 早く帰ったほうが・・。」

「いや,大丈夫。
 えっと・・・コーヒーだけ
 ・・・一緒に飲んで。」

「・・・うん。」

朔はそういうと,
コーヒーメーカーを
セットした。

ダイニングは,朝ごはんや
お弁当を作ったであろう
形跡があった。

「朔ちゃん,お料理
 するんだ・・。」

「あ・・・うん,
 うまくはないけどな・・・。
 由宇のお弁当とか
 作らないといけないし。」

「ああ・・・なるほど。
 すごい!」

「いや・・・
 たいしたことは・・
 ないんだけどさ・・。

 でも,この間生徒に
 いわれたなあ・・・

 『弁当男子』って。」

「あ・・・ああ・
 今流行りの・・・。」

そういうと二人で目を合わせて
笑った。

「陽和は,料理はするの?」

「あ・・うん,
 作るのは嫌いじゃないけど・・

 一人分だとなかなか
 ちゃんとしたものには
 ならないけどねえ・・・。」

「そうだよなあ。
 俺も由宇がいなければ
 作ったりはしないと思うよ。

 食べてくれる人がいるって
 大切なことかもな・・・。」

そういいながら
二人でコーヒーを飲む時間は
穏やかで温かい時間だった。




「じゃあ,私・・
 そろそろ。」

「あ・・・うん。
 じゃあ,送るよ。」

「あ・・ありがとう。」

「あの・・・
 また・・来て・・。」

「あ・・・うん。」

二人は思っていた。
今度はどんなシチュエーションで
ここに来ることになるのか・・

どんな気持ちで
この場所で過ごすことになるのか・・

考えただけでドキドキして
紅潮する・・・

それでも・・・どうであれ
幸せな未来しか・・・
思い浮かばない・・・。