明けて月曜日。

朔はドキドキしながら
園へ向かっていた。

・・・というのも,
結局公ちゃん伝いで
食事に誘ったのだけれど・・

後になってそれが
恥ずかしくなってきたのだ。

 ・・・こんなことなら
 正々堂々と直接陽和に
 聞くのだったな・・・。

みんなを巻き込んでしまった
ことが,かえって自分の
臆病さや本気さを
際立たせているようで・・・

しかも,結局陽和とは
すぐに顔を合わせなくちゃ
いけないわけで・・・。

朔は紅潮する頬をポンと一回
軽く叩いて気合を入れて
園へ入った。

由宇を送った後,
ちらりとすみれ組を見ると
陽和と目が合った。

陽和は真っ赤な顔をして・・
でも・・・軽く微笑んで
・・・小さく・・・
手を振った。

照れ笑いを浮かべた
その表情を見た朔は・・・
体が熱くなるのを感じた。

 ・・・ああ・・
 なんて・・・・

 かわいいんだろう・・・。

そう思いながら
真っ赤な顔をして・・・
朔も・・・小さく手を振った。



朔は勤務校へ向かう道すがら
陽和のことばかり考えていた。

 ・・・今の反応・・・
 なんだよ・・・全く。

 かわいすぎて・・・
 たまらない・・・。

 俺・・・・
 期待して・・・いい・・・?

少なくとも自分が
食事に誘ったことを
陽和は喜んでくれて
いるのかな・・・と感じた。


 もう・・だめだ・・・
 俺・・・

 陽和のこと・・・・

 好きで好きで・・・


 たまらないよ・・・。





学校についても
どこかにやけ顔の朔を見て
中村先生は笑った。

「まあ,朔ちゃん,
 今日は何か,
 いいことあったんじゃないの?」

「え?・・・あ・・。」

朔は口を押えて小声で言った。

「・・俺・・・
 そんな顔してましたか?」

「ええ。」

中村先生はくすくすと笑いながら

「気を付けたほうがいいわね。
 顔が緩みっぱなしだから。」

と朔に忠告した。

「で?どうなったの?」

いつものように保健室に
訪れていた朔に,
中村先生は問いかけた。

「や・・・あの・・・。
 実は公ちゃん伝いで
 誘ったんですけど。」

「はあ?」

照れて赤い顔をして
つぶやいた朔に,
中村先生はあきれていた。

「まあ,あの・・・
 結論から言うと・・・

 土曜日に食事に行くことに。」

「二人で?」

「いや・・・5人で・・・。」

「5人!?」

中村先生は,また呆れた表情で
朔のほうを見つめた。

「いや,俺としては
 まあまあ,前身なんですけど。」

「・・・まあ・・・ね・・。」

中村先生はコーヒーを飲みながら
事務処理をしていた。

「わー・・・俺・・・
 やっぱ・・・それって
 ・・・かっこ悪いっすか?」

朔はまた,頭を抱えて
上目遣いに中村先生を見た。

「まあね・・・
 かっこ悪い。」

「まじっすか・・・。」

へこんだ声で朔はため息をつく。

「まあ,でもね。
 物事は捉え様よ・・・。
 陽和ちゃんがどう思ったかは
 また別の話。」

「別の話?」

「そう。もしかしたら・・・
 『純情だなあ・・・』って
 思うかもしれないし。」

「・・・はあ・・・。」

「で・・・朝の反応は
 どうだったのよ?」

中村先生は,朔の今朝の
ゆるんだ表情を思い出して
そう問うた。

「あ・・・えっと・・・
 挨拶したら・・・

 ・・・小さく手を振ってくれました。」

「え・・・・
 あ・・・そうなの?」

「・・・はい・・。」

「じゃあ・・まあ・・
 よかったわねえ。」

「・・なんですかねえ・・・?」

「うん。反応は悪くないって
 ことだよねえ・・・?」

中村先生はさすが似た者同士の
二人だなあと思っていた。

普通,25歳の大人の男女だったら
そんなまどろっこしいこと
できないんだけど・・・。

この二人なら,そういう
ゆっくりとした進み方も
有りなのかなあと・・・
思っていた。

「ふふ・・・なんかでも・・・。」

「え?」

またくすくす笑う中村先生。
朔は怪訝な顔で見つめる。

「いや・・・
 なんかね・・・
 中学生みたいだなって・・・。」

「え・・・。」

朔は真っ赤になって
中村先生を見た。

「うまく・・・
 いくといいわね・・・。」

「・・・はい・・・。」

朔は顔を赤くしながら
コーヒーをすすった。

「自分でも・・・
 ちょっと驚いてるんですよね。」

「ん?」

朔が唐突に語り始めたので
中村先生は不思議そうな顔をした。

「いや・・・
 不思議なんです・・・。

 あれだけ恋愛を拒否してきた
 はずなのに・・・・

 陽和の前に出ると・・・
 途端に小学生の時のように
 素直に・・・その・・・

 陽和のこと・・
 かわいいな・・・って思ったり
 どんなに否定しようとしても
 やっぱり・・・好きだなって
 思ったり・・・
 しちゃうんですよね・・・。」

「うーん・・そうねえ・・・。」

中村先生は少し上を向いて
考え込んだ。

「大人になるとさあ・・・
 やっぱり,どこか頭で
 恋愛しちゃうんだけどねえ・・・。

 でも,きっと,朔ちゃんに
 とって,陽和ちゃんは
 そういうものを超越した
 存在なんだろうねえ・・・。」

「超越・・・かあ・・・。」

「きっと,朔ちゃんは・・・
 由宇ちゃんのことがあるから
 基本的には頭のどこかで
 『恋愛はしない』って
 自分で歯止めをかけていたんじゃ
 ないかと思うのよね。

 ・・だけど・・・
 そんな歯止めを破壊して
 恋に落ちちゃうくらい・・・

 朔ちゃんにとって
 陽和ちゃんの存在って
 大きいんだろうねえ・・・。」

それを聞いて,朔は
言葉に詰まった。

 そうなのかな・・・。

 そうなのかもなあ・・・。

 自分では由宇のために・・・
 と思うことはしていない
 つもりだったけれど・・・

 でも,積極的に恋愛しようとは
 確かに思っていなかった
 かもしれない。

 陽和と再会して・・・

 恋をしなきゃとも・・・
 恋をしたいとさえ思って
 いなかったのに・・・

 恋を「せざるを得なかった」
 ・・・そんな心境だった。

 自分には選択肢がなかった・・・。

 大人になった陽和を目の前にして
 恋に落ちないなんて
 選択肢は・・・なかったんだ。