「さてと・・・。」

またしばらく眺めた陽和は,
そろそろ帰ろうと
踵を返した。

そのとき・・・
視界の片隅に入ってきた人影に
陽和はもう一度振り向いた。

 あの人・・・?

さっきはいなかった人影が
顧問と思われる先生の
隣にあった。

20代半ば,陽和と
同年代だと思われるその
背の高い男性に
なぜか視線を奪われた。

遠巻きにも,いわゆる
『さわやかなスポーツマン』と
いう雰囲気を醸し出していた
その男性。

どうしてその人に
・・視線がひっかかったのか・・・
陽和はほんの一瞬悩んだ。

陽和は恋愛にあまり
興味がないこともあってか
だれかを
「かっこいい!」と思うような
感情をあまり持ち合わせていなかった。

陽和の基準は
全て「朔」であり,
それ以外の男性を
受け入れる気持ちが
もともとあまりなかった。

これが以前に芽衣子に言われた
「隙のなさ」なのかもしれない。

朔以外の男性が
陽和の心に少しでも入って来る
余裕が・・・無かったのだ。

それをうすうす気が付いていた
陽和は・・・今のこの感情に
驚きを感じていた。

誰かのことを
「素敵」と思う気持ちなんて
自分にあるとは思っていなかったから。

だけどそれは
一瞬心をよぎった気持ち・・・



答えはすぐに出た・・・。




 え・・・うそ・・・

 あの人・・・・



陽和は息をのんだ。

そして・・・
口元を押さえ,
息を止めた。


これは陽和の昔からの癖だ。
心底驚いたときにしてしまう
しぐさ。




だって・・・


視線の先にいたのは・・・






ずっとずっと・・・

心の奥底にいた・・・











彼だったから・・・・。














300メートルほど向こう。
本当に遠くに見えたけれど
陽和は確信していた。








   あの男性は・・・・






   朔ちゃんだ。





気が付くと陽和は
グラウンドに背を向けて
走り出していた・・・。

陽和の鼓動は
最高潮に達していた。

 び・・・びっくりした・・・。

 また・・逃げてしまった・・・な。
 だけど・・・今すぐになんて
 まだ・・覚悟が・・・。






陽和は駅へと急いで引き返した。

本当はすぐ近くの
実家に寄って帰ろうと
思っていたのだけれど…。

今日はとてもそんな気分に
なれなかった。
陽和は少しでも早く、
この街から脱出してしまいたい
と思っていた。

び…びっくりした…。
でも…あれは
絶対に…朔ちゃん…だ…。


陽和の頭の中は久々に
大混乱していた。

鼓動が…周りに聞こえてしまうの
ではないかと思うくらい
激しい。

身体の温度がどんどん
上がって頬が紅潮するのが
わかる。

だけど…不思議だった。
なぜか、活力が満ちて…
「私、生きているんだな。」
…という感覚がしていた。

胸が苦しいくらい
締め付けられる。
なのに、なぜか
心地いいのだ。

何年も忘れていた感覚。

やっぱり私は…
朔ちゃんじゃないと…
という思いも…していた。




家に帰り、少し落ち着きを
取り戻す。
朔の今の風貌を思い出すと…
遠目でも…素敵な男性だと…
わかる。

朔ちゃん…モテるだろうな。

それは好きになった人
だからという
贔屓目でなくとも、
陽和にはそう思えた。

あれだけ自分の中で
盛り上がっていた気持ちが
萎んでいくのを陽和は感じていた。

  まさか、付き合おうとか
  そんなこと思っていない。
  ただ、あのときは
  ごめんなさいと謝りたい
  気持ちと…

  本当は好きだったと
  伝えたいだけ…だけれど、
  それだけでも迷惑なんじゃ
  ないか…?

  あの風貌なら間違いなく
  彼女はいるだろう…。
  もしかしたら
  既婚者かもしれない。

  今更,小学校のとき,
  告白に応えられなかったけど
  なんていわれても…
  絶対に困る…。

陽和は,中学生の時に
決心していた気持ちが
鈍りそうだった…。

中学生とは違う…
もう自分は大人なのだ…。

  勢いだけでは…
  朔ちゃんには会いに…
  いけないよ…。