3年後。

芽衣子は,3年前の夏に
元気な男の子を出産していた。

そして,育休明け予定だった
今年,二人目を授かった芽衣子は
引き続き産休・育休をとっていた。

「そうなんだ・・・
 寂しくなるねえ。
 まあ,でも,すぐ近くだから。」

今日も陽和は,
芽衣子のところに
遊びに来ていた。

芽衣子の息子,
晃平(こうへい)が
2か月を過ぎたころから,
月に2~3回は,
こうして,芽衣子の家で
お茶をするのが
陽和の日課になっていた。

「びっくりしました。
 私も。」

陽和は晃平を膝に乗せながら
紅茶をいただきつつ
芽衣子と話をしていた。



数日前,陽和には,
異動が言い渡された。

異動先は,隣町の保育園。

陽和が通っていた小学校に
隣接している保育園だったから
土地勘はある。

それでも,やっと
慣れて来た今の園から
また新たな場所に
異動するのは不安だった。

「大丈夫よ。
 陽和ちゃんなら
 どこでだって通用する。」

芽衣子はそういいながら
紅茶にはちみつを入れた。

陽和は不安を抱えつつも
尊敬する芽衣子に
そんな風に言われて
嬉しく思った。

「でも寂しいなあ。
 今いる子たちの
 卒園・・・見届けたかったな。」

そういう陽和に,
芽衣子は吹き出しそうになった。

「あはは,さすが
 陽和ちゃんねえ。
 ホントに子どもたちのこと
 好きなのねえ・・・。」

「え・・・あ・・はは・・。」

陽和は改めてそう言われると
なんだか恥ずかしくなった。

「その溢れる愛情を
 恋愛の方に使えばいいのに。」

「え!・・・あ・・はい。」

痛いところを突っ込まれた陽和は
ばつが悪そうに苦笑した。

3年前に,芽衣子に話をして以来,
心の中で朔の存在と
ずっと葛藤している。

でも・・・
偶然なんて
そう簡単に訪れるものではない。

結局,朔のうわさすら
聞かぬまま,
3年が過ぎていた。

やっぱりそんなこと
現実的ではない。

こうやって朔のことばかり
考えて,「適齢期」を
逃してしまっては・・・

自分には縁は訪れないような
気がしていた。

だから・・・

朔のことはよい思い出として
とっておいて,
次の恋に進まないと
いけないのだと・・・。

陽和は決心しかけていた。




3月も終わりに近づき,
昼間は少しずつ春らしい
穏やかな気候になっていた。

昼過ぎに芽衣子の家を出た陽和は,
ついでに・・・と思い,
異動先の園の近くまで
散歩してみることにした。

「すっかり春だなあ・・・。」

穏やかな日差し・・・
桜ももうすぐ咲きそうだ。
そんな春の雰囲気に,
陽和はついつぶやいた。


陽和は,母校の小学校の
周りを歩いていた。

フェンス越しに咲いている
チューリップがかわいい。

今の勤務先にも
陽和が植えたチューリップが
咲いている。

チューリップを見ながら
園の子どもたちの顔を
思い浮かべていた。



そのまま歩いていると,
新たな勤務先となる
保育園へたどり着いた。

以前に何度か
来たことはあった。
今の園よりも少し規模は
小さめだが,
校舎は新しいようで
なんとも可愛い雰囲気のする
校舎だった。

「ここ・・・かあ・・・。」

あらためてみると,
また・・・気合が入る。

 今度はここの子どもたちと
 一緒に毎日を過ごすのか。

陽和は異動を聞かされても
まだ実感がわかなかったが
こうして実際に縁の近くへ
来てみると少しだけ
現実味を感じた。

「あれ?もしかして?」

保育園から,年配の
女性が出てきた。

「あ,こんにちは。」

陽和はその人の顔を見て
ニッコリ笑った。

以前この園に研修に来た時に
出会った,副園長だった。

「高須賀先生よね?
 まあ!」

「はい,お久しぶりです。
 ちょうど近くを通りかかったもので。
 あの・・・4月から
 お世話に・・・なります。」

「そうよね!
 うんうん,楽しみに
 してますよ。

 お名前を聞いて,
 『あ!あのときの!』って
 思ってたのよ。」

「そうなんですかあ!
 覚えていてくださったなんて
 うれしい!!」

陽和は副園長と
しばらく話をしていた。

以前,音楽の研修で
この園を訪れていて,
一緒に演習をした中で,
気が合って話をしたのが
副園長だった。


「じゃあ,また
 改めてご挨拶に参ります。」

「あ,そうねえ。
 お待ちしてますよ。」

「はい!」

陽和は深々とおじぎをして
園を離れた。

園の西側の端を曲がって
しばらく歩くと,
今度は高校の横に出た。

この地域は,文教地区で,
小学校の隣が保育園。
その向かいが高校。
そしてその横が中学校。
中学校の向かいが小学校と
田の字の形に配置されている。


「そっか,裏側は高校だったなあ・・・。」

陽和は小学校・中学校の時の
記憶を思い起こしていた。

中学校まではこの地区の学校に
通ったけれど,
高校は少し離れた場所に
進学したから陽和の
母校ではなかった。

高校のグランドでは,
野球部が練習をしていた。

「わあ・・・・
 がんばってるなあ・・・・。」

野球部の生徒たちは
もううっすら汗をかきながら
ノックを受けていた。

 なんか・・・青春って
 感じだなあ・・・。

陽和はそんな高校生たちが
キラキラと輝いて見えた。

自分が高校のころ・・・
確かに部活はすこし
頑張っていた。

だけど・・・あんなふうに
純粋にキラキラと
輝けていたのだろうか。
青春を謳歌できていたの
だろうか・・・・。

謳歌していなかった
わけじゃないけど・・・
100%かと言われたら
答えは「NO」だ・・・。

やっぱりそこには・・・
朔との出来事の影が・・・
差していたように・・・
陽和は感じた。

隣では,サッカー部が
ランニングをしていた。

マネージャーと思われる
女子生徒が部員に飲み物を
渡している光景が見える。

陽和はふと自分を重ねる。

 そういえば・・・ 
 朔ちゃんも小学校のとき
 サッカーしてたなあ。

 中学や高校でも続けたんだろうか。

 もし・・・朔ちゃんが
 あのまま中学校に一緒に
 行っていたらどうだったんだろう。

 私の気持ちを伝えていたら・・
 もしかしたらうまく
 いっていたのかな?

部員の一人が
マネージャーの女の子と
笑いながら話をしている。
ときどき,頭をチョンと
小突きながら談笑していた。

 ああ・・・もしかしたら
 私もあんなふうに
 朔ちゃんと楽しい
 青春時代が・・
 過ごせたのかもなあ・・・

 もしそうだったら・・・
 きっとものすごく
 キラキラと輝いた
 青春時代だったに
 違いない・・・。

なぜかわからないけれど
あの頃の記憶と,
朔の存在が交錯して
陽和の頭の中を回っていた。

陽和はしばらくぼんやりと
その光景を眺めていた。

休憩が終わり,
今度はサッカー部がグラウンドを
使う番らしく,
生徒たちはグラウンドへ
散らばっていった。

顧問と思われる40代くらいの
先生が,部員に指示を出す。

マネージャーの女子生徒が
横でバインダーを持って
メモをとっている。

青春の一景だ。
ありふれているといえば
ありふれている。

だけど,このありふれているように
見える光景が
陽和にとっては
うらやましくてたまらなかった。

 まあ,そんなふうに考えたって
 結局悪いのは自分だ。
 自分が・・・そうやって
 そういうものを避けて
 学生時代を過ごしたんだから・・。

そんな思いが頭を巡りながらも
目の前のさわやかな光景を見ると
微笑まずにはいられなかった。