翌日,金曜日。

朔にとっての
決戦の日。

朔は決めていた。
陽和に・・・
思いを告げると。

その日,陽和は日直だった。
朔は朝,このことを知った。
これはまたとないチャンス。
渡りに船だ。

今日を逃すわけには
・・・いかない。
朔はそう思っていた。


「あのさ・・・
 公ちゃん・・・
 今日は,先に
 帰ってくれる?」

昼休みに,朔は
公ちゃんに言った。

「じゃあ・・・
 朔ちゃん・・・。」

「あ・・・うん。
 告白・・・
 しようと思って。」

「そっか,そっか,
 うんうん。」

公ちゃんは自分の
ことのように
嬉しそうな顔をした。

「健闘を祈るよ
 朔ちゃん。」

「・・ああ・・。」

公ちゃんは,
昨日と同じように
朔に握手を求めた。

そして昨日の
1・5倍くらいの
強さで,朔の手を
握りしめた。



『体育館裏で
 待ってる。』

朔が置いたメモには
そう書かれていた。
今となったら
笑ってしまう。

だって・・
まるで
「不良の呼び出しのようなセリフ」。

それでも,陽和は
未だにこのメモを
大切に・・・持っている。

この文字を見るたびに
心が温かくなり・・
そして締め付けられるのだ・・。



陽和は朔の読み通り,
ゆっくりと丁寧な字で
日誌を仕上げていた。

朔は,教室に残っている
陽和を確認して,
靴箱にメモをそっと
忍ばせた。


陽和は職員室に
日誌を届けた後,
教室に戻りカバンを
持った。

ふと・・・誰もいない教室に
4か月前の景色が
フラッシュバックした。

「ソンナワケナイダロ」

朔にそう言われて・・・



陽和は思い出しながら
もう一度朔の椅子に
そっと腰掛けてみた。

やっぱり・・・
温かい・・気がする。

朔の温もりを
ほんの少しだけ
感じる・・・。

「朔ちゃん・・・。」

机に突っ伏して
名前を呼ぶ・・・。
ただそれだけのことなのに
涙が陽和の頬を伝った。

このままずっと・・・
朔ちゃんとは
話ができないまま
なんだろうか・・・。



なかなか陽和が来ない。

「あれ,陽和,
 ・・・帰ったのか?」

そう思って
朔は玄関に様子を見に来た。

陽和の靴はまだあった。

「・・・よかった。」

そのとき・・
階段を下りてくる人影を
感じた。

まさか・・・
と朔は思ったけれど
やっぱりその足音は
陽和だった。

「・・・あ・・・。」

朔は・・・
あまりのタイミングの悪さに
つい声を発してしまった。

陽和は,こちらを
見ている朔に
一瞬驚いたけれど・・
何事もなかったかのように
靴箱に近づいた。

朔は・・
今更動くことも出来なくて
そこに突っ立っていた。

陽和が靴箱に近づくごとに
鼓動が大きくなる。

 ど・・・どうしよう・・。

恥ずかしいやらばつが悪いやら
・・・ここから
消えてしまいたいくらいだった。

陽和は自分の靴を
持とうとした瞬間,
朔が置いたメモに気が付いた。

「・・・?」

なんだろうという表情を
一瞬してメモを読んだ。

みるみるうちに
陽和の表情が変わる。
差出人が朔だと
分かった瞬間,
驚いて顔を上げた。

「え・・・?」

朔は,
これ以上ないというくらい
真っ赤な顔をしていた。

「あ・・あの・・・。」

朔はどういっていいか
わからなかったけれど・・・

陽和が靴を履くのを待って
陽和の手首を持ち
・・・メモに書いている
場所に向かった。


誰かに見つからないように・・

そうお互いに思ったのかも
しれない。
腕を引っ張る朔も
引っ張られる陽和も
どこか急ぎ足だった。


体育館裏に着くころには,
朔は陽和を連れてきて
しまったことに対して・・
陽和は朔にこんな風に
連れて来られたことに対して・・・
そして二人とも走ったことも
あって,
鼓動の高鳴りは尋常ではなかった。


目当ての場所に着いたとき
朔は肩が上下するくらい
呼吸が乱れていた。

胸が苦しい。
どうしたらいいかわからない。
だけどもう・・・
自分がどうなろうが
陽和に思いを・・・
伝えなくちゃ。


「陽和・・・
 あ・・あの・・・」

陽和はただただ
目を丸くして
耳を赤くして
朔の方を見つめ返す。

こんな表情まで
可愛いなんて反則だよな
と朔は思っていた。


「あのさ・・・。」

朔は陽和の方を見て
赤い顔をして
口ごもりながらも・・・
真面目な顔をして
陽和を見つめた。



「お・・・俺・・・


 ひ・・・・・


 陽和のことが・・・・


 好きだ!


 ずっとずっと

 好きだった。」



陽和は口元を
手で押さえて,
息を吸い込んだまま
フリーズしていた。


 え・・・今・・・
 なんて・・・?




朔は,
大きく息を吸い込んで
ふーっと1回吐いた。

そしてまた,
大きく息を吸い込んで
続けた。


「ずっと・・・

 陽和のこと

 好きだったんだ。

 1年生のころ

 消しゴム・・貸して

 くれたときから

 ずっとずっと・・・・。」





陽和はさっきの姿勢のまま
1ミリも動けなかった。
だけど・・・
涙があふれて溢れて
止まらなくなっていた。

 どういう・・・こと?

 だって・・・朔ちゃん
 私なんかに興味ないんじゃ・・・?

 え・・じゃあ・・・
 私の勘違いなの?

 嘘・・・うそでしょ・・・?




「ひ・・陽和・・・?」


止まらない陽和の涙に
朔は戸惑っていた。

 どういう・・・
 涙なの・・・?

 嬉しいのか・・
 悲しいのかも
 よくわからない・・・。


だけど・・・
唯一つ・・・
朔に判ったのは・・・

自分がこの
目の前にいる愛しい愛しい
彼女を泣かせていること。

朔は・・・
自然と陽和の涙を
指で拭った。

朔の指が陽和の頬に
触れる。

陽和はビクリと一瞬
動いたけれど
そのまま泣き続けていた。

朔は親指で
陽和の涙を
一粒ずつ一粒ずつ
親指で拭った。



陽和はなんとか
泣き止まなきゃ・・・
そして・・・
朔に返事しなきゃと
思っていた。

だけど・・・
止めようと思えば
思うほど・・
涙が止まらなくなって・・・

自分はなんて
弱虫なんだと・・・また
悲しくなった。

朔はそんな陽和の頭を
そっと撫で続けた。

陽和は・・・
温かい気持ちで
いっぱいになった。

朔はずっとずっと
1年生のころからそうだった。

いつも陽和にとっての
ヒーローで・・
やさしくて・・・
守ってくれた。


その・・・ヒーローが
自分のことを好きだと
言ってくれた・・・。

うれしくて・・うれしくて・・
指が震えた。
どうしていいかわからない。

気が付くと・・・
腰が抜けて・・・
そのままその場に
へたり込んでしまった。

泣き止むことも出来ずに・・・。



朔は,そんな陽和を
複雑な思いで見ていた。

 陽和は・・・
 喜んで…くれて
 いるのかな・・?

はっきりと答えることすら
できない・・そんな
陽和が可愛くて
守ってやりたくて
仕方ない・・・と思う反面,
返事も聞かせてほしい・・・。


そうこうしているうちに,
少し帰りの会が長引いていた
隣のクラスの子たちが
降りてきてしまった。

「おーい朔ちゃん。
 なにやってるの?」

おそらく向こうからは
へたり込んでいる
陽和の姿は見えない。

声をかけられた朔は
陽和をどうすればいいか
困っていた。

早くしないと・・・
見つかってしまう。

陽和も・・・
自分がこんな風に朔の隣で
泣いていたらおかしいと
思われるに違いないと
思った。

だけど・・・涙が
止まりそうにはなかった。

陽和は・・・
その場を走り去ることしか
思いつかなかった。





「あ・・ひよ・・・」


朔はとっさのことに
引き留めることも
できず・・・
ただ茫然としていた。








結局・・・
朔と陽和はそれっきり
話もまともにできないまま
卒業を迎えた・・・。


陽和は,
朔の気持ちに応えたいと
思いつつも・・・
その勇気が出せずに
日々が過ぎてしまった。

朔は朔で,
陽和の気持ちは・・・
きっと・・無いということだろう
と誤解して・・・
それ以上の話を
することもなかった。


そして
陽和に
引っ越すことも
さよならも告げないままに

朔は・・・

陽和の前から・・・

いなくなった。