陽和を駅まで送る間,
二人の間には,
なんとも形容しがたい
空気が流れていた。

朔は陽和の表情が
気になっていた。

 自分としては…
 自然な気持ちで…動いた
 ことだったが…
 陽和にとっては…まだ
 早すぎたんだろうか…

一方陽和は…
「あのとき」の「背徳感」
とは逆で…
ある種の「罪悪感」を
感じていた。

 朔ちゃんのことが…
 大好き…なのにな…
 
 だけど…
 …ドキドキしすぎて…
 …受け入れる…勇気が
 なかった…。

 ああ…私…
 …25にもなって…
 情け…ないな…。

 朔のこと…
 好きな気持ちは,日に日に
 増すばかり…。

 だけど…。
 突然のことで…まだ…
 自分には…。

陽和は朔の顔を見ることが
できずにいた。

 朔ちゃんに…
 どう思われただろうか…?

朔はそんな陽和の様子に
どう声をかけていいのか
戸惑っていた。

「…あ…あのさ…」

朔はポツリポツリと
話し始める。

陽和は視線をそーっと
朔のほうへ向ける。
上目遣いに朔のほうを
見ると,朔は眉尻を
下げて,困った声で
つづけた。

「俺…その…えっと…」

朔はどういっていいか
わからず,頭を掻いていた。

陽和はさっき間近で見た
朔の顔を思い出し,
また少し頬を赤らめた。

二人の視線が合った。
一瞬空気が止まる。

「あの…わたし…」

陽和は,一度視線を下げて
またそーっと朔を見上げた。

「さ…朔ちゃん…
 あの…わたし…
 ……朔ちゃんのこと…
 …好き…よ…」

「え…あ…
 …うん…
 あ…ありがと…」

朔は優しく微笑みながら
また頭を掻いた。

「あの…あの…」

陽和は…なんと言葉で
表現したらよいか
わからず困っていた。

「陽和…あの…
 俺も…陽和のこと…
 大好き…だから…

 うーん…えっと…

 ま…前にも言ったけど
 俺は…陽和とのことは
 …一生ものだと思ってる
 …から…えっと…」

陽和は眼を潤ませながら
朔を見上げる。

「ゆっくり…進もう…
 …な…?」

陽和はコクリと頷く。

「…なんて言いながら
 ごめんな。
 …我慢できずに…
 突っ走っちゃうかも
 しれないけど…」

朔はそういいながら
そっと微笑む。

陽和はクスッと笑って
またコクリと頷いた。


二人は手をつないだまま
何も語ることなく
駅までたどり着いた。

すっかり遅くなって
人気もまばらな駅の片隅で
朔は陽和のほうを見る。

「あのさ…陽和…?」

「うん?」

陽和がそっと朔を見上げたとき…
朔はそっと陽和を抱きしめた。

「…朔ちゃん…」

「…おやすみ…
 今日はほんとにありがと。
 陽和。」

「…こちらこそ…
 おやすみ…」

そういうと,朔は
陽和が改札の向こう側に
消えるまで手を振り続けた。





朔が家に帰って
由宇の様子を見ていると,
陽和からメールが入った。

”今日は,楽しかった。
 ありがとう”

陽和のシンプルな言葉に
朔の心の奥が
ジワリと温まる。

朔は…また声が聞きたくなって
陽和に電話した。

「あ…陽和?」

「…朔ちゃん?
 今日は,ありがとう」

「あ…うん,こちらこそ。
 …声が聴きたくて…
 かけちゃった…ごめん…」

「朔ちゃん…」

陽和は高まる鼓動に
胸が苦しくなった。

「俺さ…
 陽和のこと…
 …好きな気持ちが…
 どんどん…膨らんでる…」

「…朔ちゃん」

「ホントに…苦しく…
 なるもんなんだな…
 人を好きになると」

朔の素直な告白に
陽和の胸もさらにキュンとする。

「私…あの…
 今日…
 ド…ドキドキ…
 …しちゃって…あの…
 緊張…しちゃって…

 …ごめんなさい…」



「え…あ…」



朔は顔を赤らめる。

朔は…自分が陽和に
キスをしようとしたことを
陽和は気付いていないと
思っていた。

 だけど…この告白は…
 陽和に気づかれていた…
 ということだよな…

朔はそう思って
電話を持ったまま
顔を赤らめた。


「あ…あ…え…
 えっと…
 
 なんか…恥ずかしいな…」

焦った声でそういう朔を
陽和はなんだかかわいく
感じていた。


「私…その…
 …ど…どうしたら
 いいかわからなくて…」

「あ…ああ…」

朔はどう返していいものやら
わからなかった。

 そんなの…俺だって
 同じなんだけど…

だけどその意味を
考えれば考えるほど…
朔の鼓動は…高まっていく。

 俺が…
 …はじめて…
 なんだよな…?

朔は顔がにやけてしまうのを
ぐっとこらえていた。

「あ…いや…
 あの…さ…

 …えっと…

 俺も…」

「え…あ……」

「どうしたらいいか
 よくわからない…

 でも…
 …うーん…これって…
 大好きな人といると
 …自然と…そういう
 こと…って…
 なるのかなって…
 思った…

 そういうタイミングが
 来るのかもな… 」

「朔ちゃん?」

陽和は少し驚いた声で
そう返す。

「俺さ…
 今まで誰とも…
 …そんなことしたいと
 思ったことなかった。

 けど…
 …不思議だな…
 ……陽和とだと…
 そんな気持ちに…
 …なるんだ…な…」

照れた声でそういう朔に
陽和は,また胸が苦しくなった。

「…みんなさ…
 中学や高校のころ
 こんな気持ち
 味わってたんだろうな…

 だけど…

 …俺は今で…
 ……よかったと思ってるよ。

 時期がたとえ
 いつになろうとも…俺は…
 陽和のこと…
 好きになっただろうから…」

「…朔ちゃん…」

陽和は声を震わせていた。


「だから…陽和と…
 …一緒に…
 ゆっくりと…
 …でも……
 ……進んでいきたい」

「うん…」

「ありがとう。陽和。
 ホント…かわいいな…」

「…もう…」

「あのさ…
 陽和に…一つだけ
 言っておくな…?」

「…うん」

朔は顔を真っ赤にしながら
…でも陽和にちゃんと
伝えておきたかった。

「俺も…めちゃめちゃ
 緊張してたし…
 …口から心臓飛び出そうだった。

 たぶん…
 陽和よりも…
 緊張してたから」

そう率直に伝えてくれた
朔に…陽和は…また…
惚れ直していた。

 きっと朔ちゃんは…
 私の緊張を和らげようと…

陽和は朔の気持ちに
少しでも応えたいなと思った。

「あの…朔ちゃん…
 私…頑張る…から」

「え…?
 え?あ?あはは」

真剣な声で答える陽和に
朔は噴き出して笑う。

「…もう…陽和…
 可愛すぎるから…」