食事の後片付けも
3人で行う。

朔が洗った食器を
陽和が布巾で拭いて
由宇に渡す。

椅子の上に乗った由宇は
食器棚に食器を戻す。

ただそれだけのことが,
3人でやるとなぜか
とても楽しく感じる。

朔は…陽和は
すごいなと思った。

もしかしたら,それは,
陽和が仕事をする中で
身に着けたスキルなのかも
しれない。

それでも,こんな風に
一つ一つの行動に幸せが
そっと加わっているのは…
陽和の成せる技な気がしていた。


由宇を寝かしつけた朔が
リビングに戻ってきたときには,
陽和は後片付けを
終えようとしていた。

「あ…陽和ありがと。
 由宇,寝たよ」

「あ…うん」

「やっぱ,陽和の
 いう通りだったな。
 由宇も楽しそうだったし」

「よかった…」

陽和は目を細めて
うれしそうに微笑んだ。

「…というか…
 俺が…一番楽しかった…かも」

「え?」

「陽和さん…俺…もう
 完敗…です」

そういいながら
笑って頭をかく朔に
陽和は驚いた。

「えっ?朔ちゃん?」

陽和はとまどいながら
朔の方を見上げた。

「あ,コーヒー飲む?」

「あ,うん」

「じゃあ,淹れるよ」

「あ…待って,朔ちゃん
 私が…」

「いや,いいよ。
 そのくらい…させて」

「…あ…いや…
 ちがうの…あの…
 コーヒーの場所とか
 コーヒーメーカーの
 使い方とか…

 …知っておきたいから…」

そういいながら少し
頬を赤らめる陽和。
朔は少し間をおいて
その意味に気が付く。

「あ,あ!
 え?…はは…
 うん…じゃあ…」

朔はそんな陽和に
また喜びを感じずに
いられなかった。

「陽和はカフェオレだもんな?」

朔はそういうと,
冷蔵庫からミルクをとりだして
陽和に渡す。

陽和は好みを
覚えていてくれた朔に
うれしさと,ちょっとだけ
照れくささを感じていた。


朔と陽和はソファに
並んで腰かける。

その距離の近さに陽和は
思わずドキッとして
少しのけぞる。

その様子に,朔は
少しだけ切なそうな表情を
浮かべる。

それを見た陽和は,
覚悟を決めて姿勢を
元に戻す。

朔はそれを見て
満足げに話を始めた。

「ありがとな。
 陽和」

「え?」

「なんかわからないけど
 久しぶりに心の底から
 楽しかった。
 ありがとう。陽和。
 陽和のおかげだわ」

「朔ちゃん…。」

「俺…さ…。
 由宇と暮らし始めてから
 ホントに毎日…
 幸せだった」

「…うん」

「だけどさ…やっぱり
 俺が…大人なわけだから…
 どこか…俺が頑張らなきゃ
 …って…肩に力が
 入ってたのかも
 しれない」

「…うん」

「今日は…なんとなく
 肩の力を抜いて…
 心の底から…楽しいって
 思えた。
 陽和のおかげだと思う。
 陽和がいてくれたから…
 だから…
 …ありがとう」

「…朔ちゃん…」

陽和の頬に
涙が伝っていた。

「私も…すっごく
 楽しかったよ…」

「…そっか…よかった」

陽和はちらりと朔のほうを
見る。
朔も陽和のほうをそっと
見た。

「…でも…朔ちゃん…」

「ん?」

「由宇ちゃんの前で…
 …言わないで…ね?
 …恥ずかしいから」

「ん…あ…うん…」

そういうと朔はちょっとだけ
耳を赤くした。

「…じゃあ…
 二人の時ならいいのな?」

「え…?」

そういうと朔は,
そっと陽和の両肩を持った。

陽和は大きくまばたきを
繰り返す。

朔は…優しい声で
そっと…囁く。

「陽和…好きだ…。」

「朔ちゃん…」

「俺…陽和のことが…
 ホントに…ホントに
 大好きだ…」

陽和はまばたきを速めて
照れくさくてたまらない
顔をしている。

だけど…少しだけ
視線を下に向けてまま
ただただうなずいていた。

そのとき,朔は
陽和の肩を握っている手に
もう一度力を込めた。

それは…まるで何かの
合図かのように
陽和の心に緊張を
走らせる。

朔は優しく強いまなざしを
陽和に向け
固唾を飲む。

朔の手は小さく震え…
フーッと大きな息を吐いた後
じわじわと陽和との距離を
詰める。

陽和は顔じゅうの神経に
緊張を走らせる。

朔がゆっくりと
目を閉じてアイコンタクトを
送ると…
陽和は目をぎゅっとつむって
力をこめた。

陽和は朔の顔が
近づいてくる気配を
感じていた。

その距離が1ミリ詰まるたびに
陽和の鼓動は高まる。

 ど…どうしよう…

朔の緊張はピークに達していた。
…だけど…陽和に…もっと
触れていたい。
その欲が行動を促す。

朔も目を閉じて
そっと陽和に近づく。
その距離があと10センチに
なったとき…





陽和は酸欠になりそうな
様子でパクパクとしながら
立ち上がった。

「さ,さ,さくちゃん!
 あの…あの…あの…!!」

「え?あ?え?」

朔は呆然と
立ち上がった陽和を
見上げる。

「…そ…そろそろ…
 か…帰らなきゃ…。」

「あ…あ…うん。」



バタバタと帰り支度を整える
陽和を愛しそうな眼差しで
見つめていた。

ひらりとかわされて
しまったことには
少しがっかりしたが,
そんなところも,
陽和らしくて,
なんだかかわいく感じた。