「いやね、遠野さん、怒ってるにしては落ち着いてるしなーって。連絡がこないからイラついてんのかな、とも思ったんだけど…。そうか。界人ね。それならナットク。だって遠野さん──」

「店長ォー!」





…店中に響かんばかりの怒声とともに、店長のエプロンが真後ろに思いっきり引っ張られた。





「ぐえ!」





必然的に店長の首が絞まる形になる。そこまで憐れには思わないけれど。






「いつまで常連さんとおしゃべりしてんすか!ご新規2名様、2番オーダー待ち、4番と6番はA和膳!和膳作るか皿洗いかドリンク補充か!どれでもいいので今すぐやってください!」





先ほどのバイトの彼だ。片手に料理の乗った皿を持ち、片手で店長のエプロンを引っ掴み、おそろしい剣幕で店長をどやしつけている。





普通のファミレスならあり得ない光景なのだけど、ここでは日常茶飯事。常連ばかりのフロアはざわつく気配すらない。





まあ、あり得るあり得ないの話をするのなら、店長が勤務時間中にコーヒー飲んで客とおしゃべりのあたりから議論をしなきゃならない。





そこをいくとすでに途方もなくあり得ないこの店では、この程度は「普通」でしかないのだ。





「─いつもありがとうございます」





こちらを向いたバイト君は手のひらを返したように爽やかに私に微笑みかけると、私の前にサラダの皿を優雅に置いた。





「アボカドとエビ、多めにしときましたよ」

「えっ、ありがとうございます」





いえいえ、とひとしきり清涼感たっぷりの笑顔を出し切ったあと、バイト君は再び店長の方に向き直り、眉をぐうっと釣り上げた。





「いきますよ、店長!」

「ああっ、話の途中だったのに!」

「あなたは仕事の最中です!」





…店長の首根っこを掴んでぐいぐいと引きずっていくバイト君に妙な頼もしさを感じながら、私は店長の言葉の続きを考えていた。





怒っているとも違う。

イラついているとも違う。





でも、似た感情。全く正反対のようで、どこか似ている感情。





「遠野さん!」





引きずられながら、店長が私の名前を呼ぶ。





「はい?」

「界人が来たら俺も顔出すよ!」





店長は満面の笑みで、更に付け加えた。





「『怒ってる』と『嬉しい』の間。その辺だよね、要するに!」

「……!」





──答え合わせは、あっさり終わる。





顔の火照りと胸の鼓動が、店長と私の「答え」の完全一致を知らせている。





「怒っている」と「嬉しい」の間。





それはたった一言で、キレイに片付けられる感情だった。





界人に会うのが、「待ち遠しい」んだ、
私は。